来世で女子はじめました : 立海の名探偵(柳視点)

弦一郎、精市と3人でミーティングを終えてすぐ、精市が席を立って部室から出て行く。
通常と異なる精市の行動が気になり、俺はノートを持って後を追った。
これは、良いデータが取れるかもしれない。

「やっぱり帰っちゃったか」
「どうした精市?」
さん。なんか相談あったみたいなんだけど…」

精市は顎に手を当てて考えこんでいた。そんなに大事な内容だったのか。
だとすれば精市を連れて行ったのは俺の計算違いになる。
てっきりが精市におちょくられているのだと思い助けてしまったが…

「何か気になるな。泣かせてでも吐かせるべきだったね」
「(いや、俺は間違ってないな)……」


***


精市はよっぽどの相談内容が気になるのか、ぶつぶつ文句を言っている。
が気になるというよりは、中途半端な相談内容を気にしているようだった。
確かに話を途中で切られてしまうとどんなくだらない内容でも気になってしまうものだな。

「蓮二が俺を連れて行ったせいだよ」
「それは悪かったな。虐めすぎて逃げられては元も子もないと思っての判断だったが…」
「あぁ、さんって虐め甲斐あるよね。弦一郎のポジションが危ういよ」

あはは、と精市は声に出して笑っている。
それとほぼ同時に部室の中から大きな弦一郎の嚔が聞こえた。
自分に関係ない話なので俺も笑っているが本人である真田は頭が痛い話だろう。
真田には後で飲み物でも奢ってやろう。

「あまりちょっかいをかけて仕事の邪魔をしてやるなよ。テニス部のためにならない」
「あぁ、大丈夫だよ。さんは仕事が早いんだ。俺がちょっかいかけて邪魔しても
 必死に取り戻して仕事終わらせてくれるから。問題ないよ」
「……それはに皺寄せが来ないか?」
「椿に承認されるくらいの人間が、こんなことでへこたれるわけないだろう?」

精市は椿冬子を信頼している。俺にとっても彼女は信頼できる女子の1人だ。
成績も良いし、人柄も申し分ない。何より大変がつく美人だ。
精市と椿を並べれば美男美女でさぞ絵になるだろう。

「そうだ、蓮二。何でさんが練習試合を嫌がるのか知らないかい?」
「大方は察している」
「なんだ。知っていたなら教えてくれればいいのに」
「彼女は氷帝学園の初等部から立海大の中等部に編入している。初等部では生徒会副会長だ」
「ふーん。それで?」
「…。氷帝初等部時の生徒会長が跡部だ」
「あー…。それで?」
「……。以上だ」
「蓮二、全然わからないんだけど…」
「跡部に会いたくないと考えるのが普通じゃないか?」
「普通って言われても…。さんは異常じゃない?」
「異常……。もっと別の言い方があるだろう。型にはまらないとか…」
「何でかな。跡部と相性悪いのか? それとも他のメンバー?」

精市は俺の話を聞いていないようだ。独り言を呟いて首を捻っている。
氷帝のレギュラーメンバーは誰がいたっけ? と口に出しているので教えるが
忍足以外わからないと溜息をつかれた。仮にも来週戦う相手なのだが大丈夫なのだろうか。

「精市」
「何?」
「あまり構い過ぎると嫌われるぞ」
「……それはちょっと困るなぁ」

じゃあ加減して虐めようという精市の言葉が聞こえたが、俺は聞こえなかったふりをした。

(すまん…)

明日も締め上げられるであろうを思って俺は静かに両手を合わせた。


***


案の定、は朝練の始まり早々に追い掛け回されていた。
朝練はファンがいないから、精市も好き勝手し放題だな。

「本当なんでもないんだって…」
「なんでもないなら言えるんじゃない?」

先ほどからこの問答の繰り返しで、見かねて俺が助けに入ることにした。
助けに、というか精市が顧問に呼ばれているのを伝えただけだ。
精市は「また?」と不満そうにしていたが、夏の予算会議に向けての相談だとわかると
渋々から離れ、校舎に向かって歩いていった。

「柳君、助かったよ。もう、本当許してもらえないかな…。心臓に悪い」
「あぁなった精市は誰にも止められん」
「…。諦めろということかな…?」
「素直に喋ればいい。大した内容ではないんだろう?」

は苦虫を噛んだような顔をした。大した内容じゃないからこそ言いたくない。
そういうこともあるかもしれないが、がここまで頑ななのは珍しい。

「いいデータが取れるな」
「勝手にとらないでくれ」
「跡部に関した内容である確率が89%以上なんだが、どうだ?」
「…君は本当に恐ろしい子だね」

ということは俺の考えは当たっているのだろう。なるほど、やはり跡部だったか。
俺がメモを取り始めるとペンを持つ俺の手首をが掴んだ。
眉間に皺を寄せて俺を見つめるは見たこともないほど憔悴している。

「どうした?」
「今回の件、私がマネージャーを辞めるのが一番手っ取り早い解決法なんだ」
「解決? 今回のお前の悩みについての、か? なぜそうなる?」
「少なくとも、私はそれで義理を通すことができる」

は視線を下げ、俺から手を離した。話が掴めない。
義理とはどういうことだろうか。跡部との確執、立海大テニス部。
キーワードが頭を巡る。俺は黙ってを眺めた。
困った顔をしているは俺達と同世代かそれ以下に見える。見た目は変わらないけれど、
彼女の独特な話口調、趣向、達観した様子は、しばしば親世代に見えるのだ。
それが同世代以下に感じるということは、相当弱っているのだろう。

「跡部に義理を通す、という意味ならば、お前は跡部と確執があるわけではなく
 むしろ良好な関係にあるということか。テニス部の情報を俺達に流す可能性があると
 見られるのは遺憾である、という認識であっているか?」
「跡部君は私がそんな卑劣なことをする人間だと評価していないさ。むしろ逆かな…」
「なるほど…」
「?」
「跡部はお前を氷帝テニス部のマネージャーにしたかった、ということか」
「え!?」

違うか、と問えばは目を丸くしたまま黙っている。
君はシャーロック・ホームズか、とに言われたが、
あいにく俺はシャーロック・ホームズでも金田一耕助でも浅見光彦でもない。

「跡部がお前を評価していているということ、その跡部に義理を通すことが
 テニス部に在籍しないということなら自然と答えは絞られる。それだけのことだ」
「……。君は末恐ろしいよ。普通の職についてくれ」
「検討しよう。俺とお前の普通の基準が違う可能性もあるがな」

はこうやって自分がまるで年上のように喋ることがある。
俺は年上の素振りが妙に様になっている彼女が気になって、
彼女の友人に話を聞いてみたことがあった。
しかし、家族構成、経歴、どれをとっても彼女は普通だった。
普通のはずなのに、精市やあの跡部に評価されている。
仁王も少し意味が違うが、のまわりには人が自然と集まる。まるで人たらしだ。

「このこと、幸村君にそれとなく伝えて貰うことはできるかな?」
「構わないが、お前からの方が精市は喜ぶと思うぞ」
「喜ぶじゃなくて、楽しむんだと思うよ」
「言い得て妙だな」
「まぁでもお試しマネージャーだからまだ気が楽だよ」

が苦笑いしている。すっかり馴染んだと思っていたけれど
彼女はまだお試しでいたのかと思い、俺自身が驚いた。
まるで彼女がこれからもずっとマネージャーでいてくれるのだと勝手に思い込んでいたのだ。
いや、その可能性はないわけじゃない。けれど、それが自然だと思っていた。
確率的には高いが、思い込むほど俺はデータを信頼しきっていたのか…。
それとも数週間の内に部に溶け込んだ彼女の適応能力のせいなのか?
数日で町に馴染むちりめん問屋のご隠居を思い出した。


「何かな?」
「精市はお前の邪魔ばかりをしているが…」
「そう思うのなら助けてくれてもいいじゃないか」
「まぁ、話を聞け。邪魔してばかりいるが、お前を信頼しているからだ」

精市があれほど楽しそうに誰かにかまうのは、基本心を許した部活メンバーにだけだ。
最たる例が弦一郎だ。弦一郎が老け込んだのは絶対に精市のせいだと俺は思っている。
勿論、口にだすつもりはないが…。

「仕事ぶりは評価しているし、是非とも俺はこのままお前にマネージャー業を
 続けてもらいたいと思っている。多分、精市もだ」
「…検討するよ」
「跡部の件で気が進まないのか?」
「…そうだね。それが一番かもしれない。ずっと不思議だった。
 私はね、きっと跡部君が怖いんだよ。興味を持たれるのも、失望されるのも」

の跡部の評価は高かった。小学生ながら皆を纏める手腕、カリスマ性、面倒見の良さについて教えてくれた。
俺が思っている以上に跡部は出来る男なのだろう。

「跡部君とは今の距離感が丁度いいと思っているんだ。
 これ以上の身に余る評価を受けるのも、逆に嫌われるのも私の思うところじゃない」
「お前は自分が思っている以上に、できる人間だと思うが?」
「二十歳をすぎればただの人だよ。今は違っても私はすぐに埋もれるような人間になる。
 跡部君と私は違う。彼の傍にいるうちは期待に応えようと思ったけれど、
 長らくは難しいと思っているんだ。だからかな、生徒会で彼と並ぶのはとても緊張した」

にそこまで言わせる跡部に俺はただただ感心していた。跡部は精市とはまた別格の、
に大きな影響を与えることが出来る唯一の人間なのかもしれない。

「俺がもし跡部なら、自分が評価した人間を簡単に失望したりしない」

励ませているか不安だったが、は俺の言葉の意味を汲んだのだろう。
「そうだといいな」と苦笑いをしていた。

(精市だったら、もっと上手いこと言ってやるのだろうか…)

俺らしくもないことを考えてしまった。
精市や跡部、俺はあの2人のように彼女の心を揺さぶることはできないだろう。
俺にできない、となると少しだけ悔しい気持ちになる。

「それで、練習試合はどうするつもりなんだ?」
「引き受けた以上、責任は持つつもりだよ。跡部君には事前に電話をしてみる」
「上手くいくよう祈っておこう。ちなみに今日なら跡部は生徒会の会議が入って
 練習時間が減るため、体力的に余裕があるからおすすめだ」
「……」
「どうした?」
「本当、頼むから普通の職に就いてくれ…」

青ざめるに、クスリと笑みを零す。
俺でもこういう顔をさせられるんだなと少し良い気分になった。




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