来世で女子はじめました : 封印は解かれた

そろそろ一人称にも慣れた頃だな。と思っていたのだが、
人間イライラしたり、切羽詰まると取り繕えなくなるというもので…

「タオルないんだけどー」
「あ、こちらにまとめてあるので取って行ってください」
「ドリンクくれよぃ」
「はい!! 少々お待ちください!」
「過去対戦分のスコアを持ってきて欲しいんだけど」
「はいはいはい!!!」
「はいは1回だよさん」
「……はい」
「ふふっ、よくできました」
「……」

満足気に笑う幸村に俺は心の中で絶叫した。
幸村!!! 俺が何をしたっていうんだよ!!!???


***


臨時マネージャーになって1〜2日はマネージャー業の勉強で終わった。
仕事量は少し多いかなぁ? 程度なのに、意外と細かいし種類が多い。

例えば、メニューの内容は前日に決めるらしく、
幸村君、真田君は要催促だけど、柳君は不要だとか、
1週間同じ場合もあるけど練習試合や大会前は毎日変えるので
都度メニュー表を作成、配布しなければいけないとか、本当に細かい。

こういう細かいことを2日間でぎゅうぎゅうに詰め込まれ、
3日目にして『さぁ後はまかせた!』と放置された。間違いなくこの部活はブラックである。

仕事に不慣れな俺は自分のペースをすっかり乱されていた。
俺はあっちへ呼ばれ、こっちへ呼ばれ、コートを縦横無尽に走りまわっている。
おまけにこのテニス部の代表者はまだ2年の幸村なのだという。3年生の立場まるでなし。
まぁ、つまり、俺は、何かお伺いを立てる際、全て、幸村に、問わなければいけないのだ。

「幸村君。回答を頂きたいものをまとめておいたから後で回答してもらえるかい?」
「いや、今判断するよ。えーと…」
「え!? 今!? ちょっとまってくれ。メモを…!」
「練習試合のコートは全面使用、窓口担当者名は真田、新規購入備品は…」
「ま、待ってくれ。早い早い早い!」
「ふふ、慌ててメモ取ってるさん小動物みたいで可愛いね」
「……」

完全に舐められている。褒められたのにイラっとしかせず、思わず真顔になってしまった。
幸村はそんな俺に動じることなく、すらすらと質問に回答していく。
必死にメモをとって礼を言って離れようとしたが、ジャージの上着が引っ張られた。
不思議に思って振り返ると、なぜか幸村くんが俺の上着の裾を掴んでいる。
他に用事でもあったのだろうか?

「……何かな?」
「仁王の真似ー」
「……」
「あはは! さん、すごい顔してる!」

幸村は俺を指さして笑う。服を掴む幸村の手を払って足早に部室に逃げこんだ。
として生を受けてから、初めて俺はこんなにイライラしている!!!!
あまりのイライラっぷりに心の中で幸村と呼び捨てにしているくらいだ!!
実年齢30以上下? 知ったことか!!!
実際にはする勇気ないんだからこれくらい許してくれ!!

ヘタレたことを心の中で叫んでいると、部室のドアが開いた。
まさか幸村君じゃあるまいな、と焦ったが違っていた。入ってきたのは仁王君だ。

、手伝うことあるかのー?」
「練習しないとだめだよ」
「あ、じゃあ俺ラリーするから見てて欲し…」
「仁王君。私が働かないとマネージャーになった意味がないだろう?」
「……」

イライラしている俺に気付いたのか、仁王君は肩を落として出て行ってしまった。
大人気なかったかなと反省するが、間違ったことは言っていない。
彼が練習に集中してくれないと、俺を公認してくれたファンクラブ、
ひいては椿さんに多大な迷惑をかけてしまうのだ。

「えぇと、この場合は時間外の施設借用申請、備品借用申請、それ以外に施設使用許可と…」

洗濯物を畳ながら、練習試合のための施設借用の書類に目を通す。
意外と申請書類多いのは私立だからだろうか。
あと相手校に書類を送付しないといけない。そういえば相手校はどこなのだろうか。
後で柳君にでも聞こうと畳んだ洗濯物を棚にしまっていく。

「あと30分か。いけるかな…」

今度は書類作成だ。散らばっている書類を纏め、必要なものだけを吟味する。
生徒会の雑用には書類申請も入っていたので慣れている。さぁ、始めよう、と袖をまくった。


***


書類を片付けていると、部室の扉が開いた。
入ってきたのは赤髪の少年だ。桑原君経由で私は彼をよく知っている。

「お、ご老公じゃねーか」
「あぁ、丸井君お疲れ様」
「なぁお前ガムもってねぇ?」
「ガムかい? ミントしかないけれど」
「別にいいぜ!」
「……」

丸井君は貰うのが当然とばかりに手を差し出してくる。
お前…貰う立場だろ…。とも思ったが、今は一刻も早く書類を終わらせなければ。
ラリー練習が終わったらドリンクの作成をしなければいけないのだ。
鞄を漁ってミント味のガムを取り出して丸井君に手渡す。

「お、サーンキュ。梅ミントか! ただのミントより気がきいてるじゃん!」
「好きなら良かったよ。それで、丸井君はもうラリー終わったのかい?」
「おう! 仁王達と幸村達はもうちょいじゃね? 
 交代で入った柳と切原はまだかかんぜぃ」
「なるほど、助かったよ。ありがとう」
「ガムの礼だぜ。じゃあな〜! 頑張れよ!」

丸井君はガム3粒を口に放り込んで部室から出て行った。
豪快にガムを食べる丸井君の背中を見送り、私は再び書類作成に戻った。
やってもやっても終わらない。そもそも立海大附属中学校という名前が長いせいだ。
山吹中学校は5文字だ。是非見習って貰いたい。
というか申請するのは立海の生徒しかいないのだから、
学校名を書く必要はありますかと問いたい。多分必要性はない。

学校もきっとどこからかテンプレもってきて使ってるんだろう。わかってるんだぞ。
なんなら『施設申請 書類』でググってやろうか。

イライラしたせいで終盤雑になったが、無事に書類を終わらせる。
ここいらで一息、なんてことはない。生贄の私に休む暇はないのだ。
今度はドリンク作りに取り掛かる。運動量が多いということは発汗が激しいということ。
干からびて死ぬ前に彼らには水分を補給してもらわなければならない。

「レギュラー以外の部員分はサーバーに入れてあるから持って行ってくれ!
 桑原君、悪いけどドリンクボトルはベンチの上にまとめて置いておいてくれないかい?」
「了解。……ふぅ、助かったぜ」

桑原君はなぜか3つもボトルを持ってウロウロしていた。
柳生君と桑原君の会話に聞き耳をたてると、
どうやら切原君と丸井君の空ボトルを押し付けられて困っていたらしい。
丸井君と切原君は程度は違えど問題児の分類に入りそうだ。
しかし今のところ被害はないから彼らはホワイトリストである。
ちなみに言わずもがな、仁王君と柳君、恐怖の取引先である幸村は
私の中でブラックリストに入っている。幸村に限っては永久欠番を与えたいくらいだ。

ドリンクの好みなんて初日からわかるはずもなく、本日の作成する分は全部同じ味だ。
そのせいか丸井君からはめっちゃ薄いと文句を言われ、
柳君にはもっと薄いほうが好きだと独り言のように呟かれた。
幸村に至っては、俺はアクエリよりゲータレードがいいと言い始めたが、
私が選んだわけではないからどうにもできない。
しかも、ゲータレードって…。普通はポカリかアクエリじゃないのか? 俺の知識が古いの?
ゲータレードは味すら思い出せないけれど、体育会系御用達だったりするのだろうか。

まぁ、味に関してはおいおいどうにかしていこう。しかし幸村の文句は根本の問題になるし、
いちいちそんな注文を聞いていたら面倒になりそうなので却下である。
テニス部のドリンクは朝練で1回、放課後の練習で2回作成する。
本日最後のドリンクを作成し、ボトルをベンチに並べた後は道具箱の整理を始めた。


***


「よし、本日の部活を終了する!!」

真田君の大きな声で練習が終われば、マネージャーによるタオルの回収作業が始まる。
というかタオルくらい、各自で洗ってきてもらいたいのだが…。
何となく真田君に聞いてみたが、昔からうちの部はそうしてきたとしか言われなかった。
恒例だからとか、昔からそうだ、という固定概念にとらわれるのはどうかと思うが
真田君の大声で説教を受けたくはないので早々に会話を切り上げた。

未だ部活に慣れない3日目。部活が終わった頃には心身ともにくたくたで、
初めて寝落ちというものを経験してしまった。




material and design from drew | written by deerboy
Clap Back To Index