来世で女子はじめました : 最強会長(物理)

柳君と部室を出ようとすれば、仁王君が俺も行く! と
あろうことか私の腰をホールドして駄々をこねるという奇行に走り始めた。
異性の同級生にここまで密着できるのは彼が自分の祖父と私を同一視しているからだろう。
しかし、私はそうじゃない。嫌な意味でドキドキする。
『俺、おっさんなんだよ…』と喉から出そうな言葉を何度も飲み下していた。


***


「仁王の祖父は仁王を随分可愛がっていたらしい」
「そのようだね…」

何とか仁王君から逃れ、柳君の案内を受け校内へ向かう。その道中、私は
なぜ仁王君が異常なほど私に懐いているのかを柳君に相談してみることにした。
データマンと呼ばれる彼はテニスだけでなく幅広い分野において情報通のようで、
すらすらと私の質問に答えてくれる。
柳君の言葉を聞いた私は納得とばかりに大きく頷いた。

「仁王は姉と弟がいてな。両親は幼い弟、祖母は姉を可愛がっていたみたいで
 仁王にとって、祖父は唯一の拠り所だったらしい」

仁王君にとって唯一甘えられる存在が祖父だったのだろう。
そういえば、と私は柳君にいつ仁王君のお祖父さんが亡くなったのかを問いかけた。

「仁王君には聞けなくてね」
「……仁王の祖父が亡くなったのは先月の話だ。入院先の病院で亡くなった」

やはり私の考えは間違っていなかったらしく、逝去されていた。
思ったより近々でおきていた事実に動揺し、私は「そうだったんだね…」という
言葉しか言えず黙りこんでしまった。
柳君も相槌しただけで、それ以上は何も喋らなかった。

仁王君にとって最愛で唯一だったお祖父さん。
一番を無くした仁王君は私を代わりにすることで精神状態の均衡を保っているのだろうか。
もしそうだとして、正解は何なのだろう。受け止める? 拒否する? 距離をとる?
偽善と言われても私は彼を傷つけたくない。そのためにはどうすればいいのだろう。
悩んでばかりで、すぐに答えは出なかった


***


「ファンクラブの会長の名前は椿だ。椿冬子」

階段を上り始めると柳君が再び喋り始めた。椿冬子、その名前には聞き覚えがある。

「あぁ、椿さんか」
「知っているのか?」
「彼女を知らない女子はいないんじゃないかな?」
「仁王は知らなかったのに、椿は知っているのか。ふむ…」

椿さんはある意味テニス部以上に有名な女子である。理由は単純。美人なのである。
私が椿さんを知っているのがよほど意外なのだろうか。
柳君が持っているノートに何かメモをし始めた。歩きながらなのに物凄く書くのが早い。

「柳君、遅かったわね」
「…? なんだ。中で待っていなかったのか?」

階段を登った先には噂の人物、椿冬子さんが立っていた。
生徒会室で待ち合わせをしていたらしく、椿さんは生徒会室のドアの前で待っていた。
その綺麗に揺れる長い黒髪は柳君に負けず劣らずサラサラだ。
椿さんににっこりと微笑まれると私の肩が反射的に跳ねる。
心臓がドクドク煩く、背筋がゾクゾクする。椿さんは物凄く、凄まじく美人なのである。
1年の頃からミス立海という称号をもつ美しい彼女は、部活は空手部というギャップから
男子だけではなく女子にも大人気だ。かく言う私も隠れファンである。
中学生とは思えないほど美しい彼女は見ているだけで目の保養になる。

「椿、今朝話しただ」
「えぇ、勿論知っているわ。ファンクラブはご老公、さんを歓迎します」
「……」

どうしてそうなった? 私はファンクラブに入る話になっているのだろうか。
それは困る。私はファンになるほど好きな人がいない。
強いて言うなら先ほど助けてくれた真田君と桑原君くらいしか好感の持てる人がいない。
幸村君はできるだけ今生で関わりたくないし、仁王君は離れてくれないし
普通認識だった柳君も今回のことで株がだだ下がりしている。

「えぇ、と…いや、私はファンクラブに入る気は…」
「あぁ、違うのよ。ファンクラブは貴方というマネージャーを歓迎する、という意味なの」
「すいません。もっとわからなくなりました」

正直、幸村君のこともあって、できればマネージャーにはなりたくない。
それをやんわりと告げると椿さんは綺麗な黒目を丸くして私を見た。
その視線はゆっくり横の柳君へと移動し、鋭いものとなる。
美人の眼力は凄まじく、睨まれていない私の背筋に嫌な汗が流れた。

「柳君? 話がおかしくないかしら? 私達は彼女以外のマネージャーは認めないわよ?
 他の女子は大抵ミーハーか、良好なマネージメントが期待できません」
「いや、今から交渉次第で彼女がマネージャーになるんだ」
「あぁ、そういうこと…」

ならねぇよ。と思わず声を荒げてしまいそうになった。
もうおっさんの俺は封印したはずだったのに…。

「えぇ、と…」
「あぁごめんなさいご老…さん」
「…言い難ければご老公で構わないよ」
「いえ、あの、違うのよ。ご老公に悪い意味は無くて…。気を悪くされていない?」
「理解しているから、大丈夫」

苦笑いする私に、椿さんも苦笑いを返した。しかし美人は何をしても様になる。
彼女が赤い薔薇なら私はワラビだ。花すら咲かない。
苦笑いで雲泥の差がつくとは思わなかった。

「じゃあ、色々と説明させてもらうわね。質問は都度してもらって構わないから」

椿さんは、なぜファンクラブが私を歓迎するのかを説明し始める。
何とか断る隙がないか、と私は英語のリスニングテストばりに耳を澄ませた。

「現在テニス部にマネージャーがいないのはご存知?」
「そうみたいだね」
「まぁ、理由は単純。前は一杯いたの。だけど結局皆やめてしまったのよ」
「ぜ、全員!?」
「レギュラー目当てで入ったものの仕事ができなくて怒られるからやめる、だったり、
 告白したけどフラれて気まずくなってやめたり、とにかくそういうパターンが一番多いわ。
 そこでマネージャーがゼロになったタイミングでファンクラブは圧力をかけたの。
 マネージャーになろうとする人を一旦止めて、続けてくれそうな人を検討して
 マネージャーになってもらおうと思ったわけ。ここまではOK?」

椿さんは親指と人指し指をくっつけて問いかける。私は親指を立てて頷いた。

「で、一番大事なのがミーハーかどうか。恋愛観とかもね。
 貴方は在学中びっくりするくらい噂が流れなかったの。唯一言質がとれたのが
 水谷豊が格好いいと言っていたっていう私達の年代からは斜め上の…」
「(斜め上)……」
「あ、別に水谷豊は格好いいと思うわ。ただその、私達の年代だと珍しいわよね。
 あと、ええと、生徒会としての実績や悩み相談、問題解決に尽力していた経験が…」

以下、椿さんのちょくちょくフォローが必要な話が続いたので纏める。

・この1年ちょっとの間、恋愛方面の浮ついた噂が一欠片も出まわらなかった。
・1年の頃から生徒会としてバリバリ真面目に働いている。
・ご老公として悩み相談や問題解決に尽くしていたから人柄に問題なさそう。

椿さんの話を簡単に要約すれば、部員に色目を使わずガシガシ働きそうだからオッケー☆ということらしい。
椿さんからの評価は身に余る光栄だが、私はオッケーどころか、ジーザス! と思わず口走りそうになった。

「ファンクラブ幹部達の多数決は既に行われていて、幹部達も貴方を認めているわ」
「か、幹部?」
「アイドルの誰担と一緒ね。レギュラー其々にいるわ。ちなみに私はテニス部全体担当」
「全員好きなんだね」
「えぇ、そうよ。だから私は皆に気持ち良く学校生活や部活動を行なってもらいたいの。
 そういう意味で、貴方にならマネージャーを任せることができると思っているわ。
 こんな言い方、貴方からすれば大げさに感じるかもしれないのだけれどね」

もし問題があれば、早急解決を約束すると自信満々に語る彼女には根拠があるのだろう。
よくよく話を聞いてみるとファンクラブには恐ろしいルールがあり、
『ルールを破れば在学中村八分になる』らしい。
ファンクラブに入っていない状態で抜け駆けをすればファンクラブに睨まれ、
ファンクラブに入っている状態でルールを破れば村八分。これは恐ろしい。
それによって秩序が保たれているのか。思わず身震いしてしまった。

「私よりもよっぽど椿さんの方が…」
「私、空手部主将になる予定だから。残念ながら難しいわね。それにファンクラブ会長が
 マネージャー審査を通るっていうのもなんか、きな臭いじゃない?」
「審査!?」
「えぇ、マネージャーになりたい人はファンクラブに申請してもらうことになってるの。
 生活態度や成績を確認して、その後、幹部による多数決を実施するの。
 通過後に会長面接が行われるわ。そうして面接合格後にマネージャーになれる。
 あぁ、貴方の面接は今しているようなものよ」

え、何それ就活…?
あれほど憧れていた椿さんの笑顔が恐ろしいものに見えてきた。
幸村君みたいなプレッシャーは感じないが、裏があるのではないかと不安になってくる。
幸村君に限らず美人に睨まれるのは避けたい。

「これで女子に関しては安心だな」
「……」
「よく考えてみてくれ。このまま仁王をぶら下げて歩きたいなら構わないが」
「……」

恨めしそうな私の視線に柳君や椿さんは優雅に笑っている。
なんとかマネージャーにならず仁王君をどうにかできないものかと考えるが
その願いは柳君がきっちり潰してくれた。

「仁王には、マネージャーになるまでは好き勝手くっついていいと話している。
 ご老公と呼ばれたお前が泣きつく仁王を無碍に扱えるのかどうか、良いデータが取れそうだ」
「あら、メンバーが泣かされたとあっては、私の上段回し蹴りの出番かしら?」

なんてね、と笑う椿さんの脚は空を切る。まるでカッターで紙を切るような鋭い音だった。
柳君にしてやられたと気付いても時既に遅しである。
これはテニス部の業務に忙殺される生贄を捕まえるための罠だったのだ。
逃げる術を失った私は顔半分を抑えながら項垂れる。

「とりあえずお試し入部させてください」と喉から声を放り出すのが精一杯だった。




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