来世で女子はじめました : 常勝立海

「じいちゃん!」
「うーん…困ったなぁ…」

私はなぜか自分の席で長身の青年をベルト代わりに腰につけている。
廊下には人が溜まり完全に見世物である。すごく恥ずかしい。
今年の流行りは腰から銀髪少年がトレンドになったりしないだろうか。
いや、それでも恥ずかしいことに変わりはないだろうが…。

「た、たるんどるぞ仁王!!! から離れろ! は、破廉恥な!!!!」

真田君の怒声も『知らん』と一蹴し、仁王君は拗ねたように真田君から顔を背けてしまった。

(どうしたものかなぁ…)

おっさんは今日も傷つきながらも逞しく生きています。


***


撫で撫で事件から、仁王君は私を見かけると声をかけてくるようになった。
括った後ろ髪を揺らし、とことことまるで雛鳥のように後をついてくる。
幼かった頃の娘達のようだと、振り返り微笑んでしまったのがまずかった。
彼は『じいちゃん…』と涙ぐみ、私にくっついて離れなくなってしまったのである。
あの時の女生徒達の叫びが未だに鼓膜を揺らしている気がして、耳を抑えた。
いや、今のビリビリと感じる振動は素晴らしい肺活量の真田君のせいだろうか。
その肺活量は私の席ではなく、身体測定やスポーツ測定を行う時に使用するのが望ましいだろう。

「仁王君。大変申し訳無いが、これではトイレにもいけないし、
 他の生徒達に誤解されてしまうから、一旦離れてくれないかい?」
「……」

仁王君にそう頼むと、仁王君はしぶしぶという感じで私から離れた。
じっと私を見つめ続ける仁王君の目は大変不満だと雄弁に語っている。
思わず悪いことをしてしまった気持ちになるが、自分の子供と同年代の彼を腰に巻き付ける趣向は持ちあわせていないし、今後持ち合わせる予定もないのだ。

「ねぇ、あれなに?」
「なんかー仁王君が〜さんがおじいちゃんに似てるっていってんの〜ウケる〜」
「ちょっとそれ! マジ! ウケる!! さん年どころか性別違うしぃ!!」

私にはわかる。彼女達の語尾にwがついているであろうことが…。
恋愛事に全く興味ない私は確かにその面に関してはおじいちゃん(いや、おばあちゃんか)であるから、人気者の仁王君がこのように纏わりついても気にされていないようだった。
女性達の陰湿な所業は跡部君と仲が良かった頃から十分に理解している。
笑われて終わりなのであれば、穏便派な私としては大変ありがたい話である。

「仁王!! こっちへ来い!!! お前は教室へ帰れ!!!」
「そんなん、真田に命令される必要ないじゃろ? 俺の勝手じゃ」

喧嘩をする2人をすり抜けて廊下へと出る。酷い頭痛がしてきた。
前世も偏頭痛持ちだったが、こんなところで再発するなんて…と頭を抑えていると
見知った顔が近づいてくる。同級生であり、同じ生徒会の柳君だった。

「大変そうだな」
「そう思うならどうにかしてもらえたりしないかな?」
「俺には手が余る」
「そうかい? 君は優秀だからそんなことはないと思うのだけれどね」

柳君はニコリと涼やかな笑顔を浮かべている。彼は普段無表情なのだが、
面倒なことがあるとこうやって笑顔で乗り切ろうとする。
自分を造形をよく知っている男なのだろう。
大抵の人間なら諦めの溜息をつく、しかし私は生憎大抵の部類の人間ではない。

「彼が毎回来ては、真田君が怒鳴りっぱなしだ。放課後には声ががらがらになるだろう?
部活に支障が出ないかい?」
「まさか。部活が静かでありがたいくらいだ」
「…どうしても嫌なんだね? だとしたらこちらも対策を考えさせてもらわないと…」
「いや、どうしてもと言われたら話は別だな」
「え?」
「放課後、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」

柳君の急な提案に驚きながら頷く。
しかしなぜだろう。先ほどから悪寒が止まない…。


***


「ね、さんに是非お願いしたいんだよ」
「いやぁ、荷が重いなぁ」

放課後、現在私がいる場所はテニス部の部室である。
柳君につれられてきたのだが、扉を開けてすぐ視界に入った3人を見て悪寒はMAXを超えた。
そこにいたのは幸村君、真田君、仁王君だ。特にまずいのが幸村君だ。
話したことは一度もないが、この人はまずい、と元営業部の勘が騒いでいる。
適当な理由で場を濁し、回れ右をしようとすれば
仁王君に飛びつかれてしまい逃げることが出来なかった。
諦めて話を伺えば、テニス部のマネージャーをお願いしたいという内容で、
了承すれば仁王君は休み時間毎に教室を訪れるのをやめてくれるというのだ。

「しかし、私はテニスもあまり知らないし…」
「今から覚えればいいと思うぞ。お前は飲み込みが早そうだ」

その根拠は何なのか。自慢じゃないが私はそんな出来るタイプじゃない。
目の前に座っているのは幸村君。その横が柳君と真田君。
そして私の横にぴったりくっついているのは仁王君である。

「仁王君、しっかり背筋を伸ばして座りなさい…」
「プリッ」

スキンシップが好きなのはわかるが、くっつかれるのは暑いし重い。
それに本来おっさんである私と仁王君が寄り添う絵面を想像すると
これなんて援助交際? 淫行で捕まりそうな気がして怖い。
私は見た目十代半ばの女子ではあるものの、中身は何度も言うがオッサンなのである。

悪いことをしている気分になるし、仁王君も気付いていないだけで
30代後半のオッサンに寄っかかっているのである。
仁王君には申し訳ないが、この事実を彼に伝えることはできないし、
伝えたところで腫れ物を扱うように対応されるのが目に見えている。

「ほら、仁王も懐いているし」
「いやいや、いやいやいやいや。私は女生徒を敵にまわすなんて無理だよ」
「それについては俺が何とかしよう」
「柳君…女生徒は君が思っているより恐ろしい生き物だよ」
「大丈夫だ。もっと恐ろしい人間を俺は知っている」

それは私の目の前でにこにこしている幸村君ではないだろうな…。
幸村君の笑顔はそこらへんの女生徒よりも美しいのだが、プレッシャーがすごい。
こんなプレッシャー、部下のミスで取引先に菓子折りもって謝りにいった以来だ。
その時人生で初めて土下座したことを思い出す。未だにトラウマである。

「ちなみにどうするつもりなのかい?」
「テニス部ファンクラブの会長は弦一郎の幼馴染で、俺も親しくさせてもらっている」
「ファンクラブに所属している女子は大丈夫でも、そうじゃない子もいるだろう?」
「後でお前に紹介してやろう。理由はすぐにわかるはずだ」
「……」

彼の中では問題ないことになっているようだが、私の中では大問題のままである。
そもそも私は別にマネージャーになりたいなんて思ったことはない。
美形集団のお近づきになりたいわけでもない。
メリットを考えるとすれば仁王君の件一択である。
であれば、私が仁王君を何とかしたほうが早いのではなかろうか。
横にいる仁王君を見つめる。私は面倒くさいというのが顔に出ていたのだろう。
笑顔だった仁王君の顔が真っ青になっていた。

「じいちゃ……。うざい? 俺うざかったんか?」
「!? 仁王君!? 頼むから泣かないで…!!」

仁王君の瞳には涙の粘膜がじわりと浮かび上がってきている。
それを見た幸村君が「あーあ、さんが仁王泣かせた〜」と楽しそうに笑っていた。
だめだ。幸村君は絶対問題を起こしてはいけない取引先である。
私の中のブラックリストの暫定1位が跡部君から幸村君にシフトチェンジした。

「に、仁王君…!?」

ブラックリスト更新中、仁王君が私の首に手を回し抱きついてきた。
ぎりぎりと締め上げられて、私は息が上手くできない。

「嫌いにならんで…!!」
「なっていないよ。本当だ。だから、頼む、首が、締まってる…!!」

綺麗な小川が見えそうになりそうな頃、慌てて真田君が引き剥がしてくれた。
ぐずつく仁王君はやはりクールなイメージが欠片も残っていない。
もしかしたらこれが彼の本来の姿なのかもしれない。だとしたら相当の甘えん坊である。

「ねぇ、さん」
「な、何だい幸村君」
「1ヶ月後、練習試合があるんだけれど、もしよければその間
 お試しでマネージャーをやってみないかい?」
「あぁ、じゃあ検討するよ」
「検討だけじゃ意味ないだろう? 俺が欲しいのは聡明な答えなんだけれどな」
「……」

幸村君は絶対14歳じゃない。
(後から聞いたが彼は早生まれらしく、13歳だった。いや、でもそういう意味でもない)
絶対敵にまわしたくない人物であるが、女生徒の反応も気になる身としては
幸村君に屈して人生を台無しにしたくないわけで…。

「きちんと返事は出すよ。早急に、しかしこの場では無理だ。
 もし仮に今結論を出せと言うのなら、やはりお断りさせて頂きたい」
「どうして?」
「まだ柳君から会長さんを紹介されていないし、引き受けるなら納得してからしたい」
「わかった。そこまで言われちゃうとね」

幸村くんはそれ以上引き下がらなかった。そもそも私にそれほどの価値があるのかは
彼自身、疑問だったのではないだろうか。
私が席を立とうとすると、柳君も立ち上がった。

「よし、では早速ファンクラブの会長を紹介しよう」
「…え?」
「こういうことは早い方がいいだろう?」

早速紹介してくれるのか…。
既に流れが全て決まっているみたいだ。計算だとしたら柳君も相当な手練である。
私は柳君に聞こえるように溜息をついた。

「なぁ、、知っているか?」
「何を?」
「常勝立海。俺達は常に勝っている」
「……」

つまり今回も勝たせてもらうぞという彼からの宣誓布告である。
自身を過信するのは美徳じゃない、と私は眉を顰め、「私も立海生だ」とつげれば、
柳君は愉快そうに肩を揺らして笑っていた。




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