来世で女子はじめました : ただしイケメンに限る

今日はどうしても見たい小説があったので、いつもの友人達とは食事を共にせず、
こっそり生徒会室で昼食をとっていた。
母親は料理が好きなのか、彩りの良い弁当を毎朝作ってくれている。
ブロッコリーにベーコントマト、小さなハンバーグは昨日の夕飯の残りであろう。
黄色い卵焼きの層は何重にも重なりとても美味しそうだ。
そんな立派な弁当のおかずを咀嚼しながら行儀悪く本を読んでいると、
扉の開く気配がして顔を小説から離した。

「おや?」
「昨日ぶりじゃ」

プリッと不思議な擬音を出して現れたのは仁王君だ。
昨日と変わらずクールな目元は切れ長で、よく見ると確かに女性にモテそうだ。
彼はテニス部らしいから柳君に用事だろうか。
しかし現在は昼休みである。屋上に行った方が会える確率は高そうだが…。

「柳君は来ていないけれど、多分屋上ではないかな?」
「いや、俺が用があるのはお前さんだ」

彼の言葉は方言というよりもどこか古めかしさを感じる。
芝居がかっているような、不思議な口調だった。
昨日知り合ったばかりの彼が私に用事とは何だろう?
もしかしたら特待生の件だろうか、と私は僅かに身構えながらも笑顔を向けた。

「私? 何かあったのかい?」
「そんな、大した用じゃないんじゃけど……」
「??」

仁王君は猫のように身軽に、軽快な足取りで私に近づいてきた。
キラキラと輝く瞳には私が映っている。
遊んでほしい時の娘を思い出した。

「…仁王君はちゃんとご飯を食べたかい?」
「え?」
「ちゃんと食べてからお話をしようか。お弁当はあるのかい?」
「…あるぞ!」

元気よく頷いて、彼はポケットからゼリー状の携帯食料を取り出した。
育ち盛りの食事にしては随分少ないし味気ない。

「ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
「もう十分でかいぜよ」
「まぁ、確かに標準以上だけれど、ご飯を食べないと部活にも学業にも支障が出るよ」
「…1人で食べる食事は味気ないからこれでええんじゃ」

てっきりお昼はテニス部の皆で食べていると思っていたが、
彼は1人で食べているのだろうか。元来のお節介やきの私は、だったら、と口を開いた。

「1人だと味気ないか。なら私でよければ一緒に食べるけれど…」
「本当か!?」
「!?」

満面の笑みを向ける仁王君は最初に見たニヒルな印象がまるで見受けられない。
予想以上に喜ばれ、私は狼狽するしかなかった。
何も仁王君なら、もっと華やかな女性や男性と食事をすることも可能だろう。
好き好んで凡庸で、しかも中身がオッサンの私と食事をとるメリットは見受けられなかった。
中身に関しては彼の知るところではないから、仕方ないのかもしれないが…。

「…〜そんでなーねーちゃんが文句ばっかり言うんじゃ」
「仁王君はしっかり者だから頼ってしまうのかもね」
「そんな気しないんじゃがのー」
「駄目な時はちゃんと、駄目なんだとお話してあげればいいよ。それは仕方のない話なのだし」
「おんー! あ、もう予鈴がなるぜよ」

また明日も来る!と告げて仁王君は生徒会室を足早に去っていった。
大変不思議な子である。私は読み進められなかった小説を手にフゥと息を吐いた。


***


次の日も仁王君は生徒会室にやって来た。
手には携帯食料ではなく、惣菜パンとペットボトル飲料を持っている

「食べ盛りなのに少なくないかい?」
「俺小食なんじゃ」
「そう言わず、母に頼んでおにぎりを持ってきたんだ。美味しいから1つどうだい?」
「おぉ、ありがとな」

仁王君はパイプ椅子を引っ張りながら何度も頷く。
そのまま私の正面に座ってにこにことしていた。
しかし本当に仁王君は食事のためだけに生徒会室にやってきたのだろうか?
もしかしたら何か心配事でもあるのではないだろうか?
最近は知らない生徒からの相談事も増えており、このままでは学校の公式情報だけじゃなく
裏情報にまで詳しくなってしまいそうである。

「そういえば、は面白い名前で呼ばれてるんじゃの」
「あぁ、よく知ってるねぇ」
「ご老公って、水戸のか?」
「そうそう。悩み相談だけじゃなく解決するまでお手伝いをしてくれるから、と聞いた時は
 おぉ、と手をうってしまったよ」

私は最近『ご老公』というアダ名で呼ばれている。
女子中学生のアダ名として少々残念なアダ名ではあるが、私はわりと気に入っている。
このアダ名の由来は私が悩み相談や問題解決に助力しているからだ。
問題解決といっても大したことはしていない。解決できるのは小さな問題だけだ。
勉強に関しての相談なら柳君とまではいかないものの、
成人男性の記憶を持つ私は並以上に勉強もできる。聞きやすいという理由で
放課後生徒会室に勉強の質問をしにくる生徒は少なくない。
それに加えて恋愛方面に疎く、ガツガツしていない穏やかな私の態度を、
枯れていると称する女子が多く、それがアダ名に繋がっていったようだ。

「お前さんはすごいのう。本当にご老公の生まれ変わりかもしれんな」
「まさか! 大したことはできていないんだよ? 聞いてあげるのが精々だ」
「話し上手は聞き上手じゃ」
「はは、そうだといいけれどね」

私が笑うと仁王君は懐かしいものを見るように目を細めて優しく笑う。
シチュエーション的には男女で2人きりでランチという青春まっただ中なのだか
彼の反応がどこか幼くいせいか、少しも良い雰囲気にならなくてありがたかった。

「な、なぁ……」
「ん? なんだい?」

たらこのおにぎりを頬張りながら、仁王君は私に声をかけてきた。
どこかもじもじと言い難そうにしている様子から、ついに本題かと私は食事を一旦止めた。
きっと仁王君も私に悩み相談をしにきたに違いない。
彼みたいな人気者の悩みとなれば、女性関係だろうか。
だとしたら全くと言っていいほど役に立たない自信がある。
自慢じゃないが、私の中学生時代の失敗は女関係の出来事が全くなかったことである。

「お、怒らんか?」
「そうだなぁ。場合によるけど理不尽には怒らないよ」

大丈夫だよ、と微笑むと仁王君の肩がすとんと下に落ちた。
ほっとする表情はやはりどこか幼い。

は、俺のじいちゃんに似とるんじゃ」
「…そうかい」
「怒ったり、呆れたりせんのか?」
「そんな不安そうに喋る子にそんなことできないよ」

せめてお兄さんかお父さんにして欲しかったけれども…。
仁王君は自分がいかにお祖父さんが好きだったかを嬉々として語っている。
その語り口調から故人であることは明白で、話すだけで嬉しそうにしている彼が
祖父を亡くし、どれほど辛い気持ちになったかはとても想像できなかった。

「それでな! …あ、すまん。俺ばっかり喋ってしもうた」
「いや、とても素敵なお祖父さんだと思うよ。こんなに愛してもらえて、
 仁王君がお孫さんでお祖父さんも幸せだっただろうね」
「うっ…じ、じいちゃん…」
「……」

仁王君が私を見て涙ぐんだ。これはもう完璧に重ねられている。
内心どうしたものか考えながらお弁当の卵焼きを箸でつまむ。

「なぁ
「ん? 何かな?」
「あ、頭撫でてくれん?」
「……」

私は卵をボトリと机に落とした。無残に転がる卵焼きから視線を外し
ゆっくりと顔をあげると、仁王君が頬を染めて私を見ていた。
聞き間違いをしたに違いない。最近ずっと夜遅くまで本を読んでいたせいだ。
思わず小首を傾げて聞き返す。きっと私の顔は微妙にひきつっていただろう。

「え? もう一度伺い直してもいいかな?」
「頭を撫でて欲しいんじゃ」
「……」

冷や汗が頬を伝う。頭を撫でて欲しいというのはどういうことなのだろう。
悩み相談ではなかったのか。いや、これがそもそも悩み相談の可能性が…?
いや、いやいやいや…撫でろって…。仁王君が私にお祖父さんを求めているのはわかるのだが
所詮私はただの中学生の見た目なわけで、いや、そもそもそれでいいのか仁王君。
落ち着いてくれ! と今すぐにでも叫びたくなったが、
今一番落ち着かなければいけないのは仁王君ではなく私であろう。

「なぁ、…やっぱり気持ちわるいかの?」
「あぁ、いや、そんなことはないけれど…」
「それとも俺がクールなイメージじゃなくて幻滅したのか?」
「いや、そういうわけでもないよ」

そもそも幻滅するほど期待をしていなかった…。
と言ったら仁王君はガチ泣きしそうだからやめておこう。
箸を弁当箱の上に置き、仕方ないと腹をきめて仁王君の頭を撫でる。

「へへへ」
「………」

柔らかい銀の猫っ毛を撫でると、仁王君が破顔する。
撫でている私自身は物凄く恥ずかしいけれど、どうしてか悪い気はしない。
なるほど、イケメンというものは何をしてもされても大概許されるものなのだと知った。


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