来世で女子はじめました : おじいちゃん!

さてさて、中学生になった。といってもなりたてではなく、現在中学2年生である。
俺、いやもう私と言うべきなのだろうか。もう前世の記憶が戻ってから5年がたっている。
心の中とはいえ、一人称を俺というのも限界だろう。

中学校は氷帝ではなく、立海大附属中学に入学した。
氷帝に何か特段問題があったとかではない。
父親が横浜勤務になったので中学にあがったと同時に転校したのである。
中学校入学初日の夜、跡部君から家の固定電話に連絡があった。

『なんでお前が氷帝にいないくぁwせdrftgyふじこ!!!』と
完全にてんぱった状態で文句を言われ、1時間も電話越しにお説教を食らった。
仲の良い女子と男子数名にしか言っていなかったのが悪かったようだ。
おまけにその数名の男子が宍戸や芥川という彼と仲の良い男子だったため、

『なんであいつらには言って俺には一言もねぇんだよ!! あぁんん!?』

とクドクドとねちっこくお叱りを受けたのだ。
30代男子の精神年齢にも関わらず、12歳に説教をされたのである。
平成四半世紀の流行り言葉でいうなら、つらたん、である。


***


私は氷帝での生徒会経験をかわれ、立海大でも生徒会に入ることになった。
役職は総務である。総務というのはほぼ雑用で、会計だろうが書記だろうが
何でもこなさなければいけないのだ。
例に漏れず、今も教師の雑用で同じ生徒会の柳君を探し歩いている。
とはいえ、昼休みのテニス部2年生はいつも屋上にいるはずだから
すぐに見つかるだろう。と思い扉を開いたが、
そこには1年生の時にクラスメイトだった桑原君と銀髪の少年しかいなかった。
青い空が目に痛い。思わず目元に影を作るように手をかざした。

「桑原くん、青空が眩しいね。柳君はいないのかな?
 生徒会の書類の確認がしたいんだけれども」

桑原くんは1年生の頃、同じクラスで仲良くさせてもらっていた。
最初こそぎょっとしたものの、彼は勤勉で真面目な子だ。
私が話しかけると桑原君は、あ〜、と唸りながら困っていると言わんばかりに眉を顰めた。

「多分入れ違いだ。教室に帰ってるはずだ。が来る可能性78%とか言っていたぞ」
「あらあら、22%になってしまったんだね」
「ジャッカル、こいつ誰じゃ?」

割って入ったのは銀髪の少年だった。桑原君と一緒なのだからきっとテニス部なのだろう。
よく一緒にいる丸井君はわかるが彼はわからない。しかし、自分でも不思議だ。
どうしてこんな目立つ頭の子に覚えがないのだろうか。

「こいつは生徒会の。同級生だな。今は確か真田と同じクラスだろ?」
「そうなんだよ。彼は声が大きくて実直だねぇ。いやぁ、目が覚めるよ」
「あはは、耳が痛くならないようにな…。、こっちは知ってると思うが仁王だ」
「あぁ、仁王君と言うんだね。初めましてです」

そう言って挨拶をすれば、プリッと奇妙な返答が返ってきた。
若い子特有の流行り返事なのだろうか。理解できず曖昧に笑っていれば、
桑原君が仁王を知らないのか?と目を丸くしていた。

「生徒会として覚えるのは当然だとは思うのだけれど、いかんせん、人数が多くてね」
「いやいや、仁王はモテるから、2年女子の間では有名だと思ってたよ…」
「あぁ、私は恋愛方面はからっきしでね。あまりその手の話をしてもらえないんだよ」

中学生なんて私にとっては息子認識である。とてもじゃないがそんな対象に思えなかった。
さらに自分は未だに男性脳らしく、レズビアンというわけではないが、
今のところ男性を恋愛対象にするのに些か抵抗があるのだ。
そのため恋愛話、恋バナはからっきしだ。打てども響かず、暖簾に腕押しの私に、女子の友人達はすっかりその手の話題を避けるようになっていた。

「なるほどらしいなぁ…」
「あぁ、そうだ桑原君。特待生申請の継続手続きのお知らせが職員室前に出ていたよ」
「お、サンキュ」

職員室前には生徒閲覧用に黒板ほどの大きな掲示板が作られている。
逐一学校に関するニュースや校内新聞の最新号が載せられているのだ。
私は活字が好きで、つい掲示物を読みふけってしまうため
学内の公式行事に関してはちょっとした情報通である。

「いやぁ。でもなんか、申し訳ないよなぁ」
「何がだい?」
「両親にさ。ほら、うち…話したろう?」
「あぁ…」

私は相談しやすいのか、悩み事をよく相談される。桑原君もその相談者の1人だ。
桑原君の家庭では父親が今の仕事を辞職する、しないで色々とごたついていると打ち明けてくれた。
生憎今の私にはツテがなく、何も紹介してあげられないため、ただ聞いてあげることと、失業申請や生活保護、福祉関係の申請についてアドバイスすることぐらいしか出来なかったけれど…。

「なんか俺、テニスやってていいのかなぁと思うよ。
 親父も今の仕事やめれるならやめたいのに、
 俺のテニスで金かかってるからやめれねぇしさ」
「……」
「俺がテニスしてなけりゃ、両親ももっとしたいこと出来てたかもしれねぇし」

桑原君の苦笑いを仁王君は無言で眺めている。
私はポンポンと桑原君の肩を叩いて、大丈夫、と笑ってみせた。

「桑原君がそんなことを考える必要はないんだよ。
 親はね。子供が好きなことを一生懸命しているのを見ているだけで幸せなんだ」

実際に私がそうだった。
前世で、娘がどうしてもピアノを習いたいと言ってきたことを思い出す。
私は未だ主任の中堅で、給料も薄給とまではいかないものの、裕福ではなかった。
それでも、娘のためなら!と専業主婦だった妻はパートを始め、
私も一層熱心に仕事に取り組み、昇進したのはその年だった。
記憶はぼやけてきたけれど、発表会で緑色のワンピースを着て
一生懸命グランドピアノを弾く、娘のたどたどしい演奏がとても誇らしかった。
勿論ピアニストにはならないだろうが、娘にピアノを与えたことを後悔したことはない。

「きっと誇りに思っているよ」
「そういうもんかなぁ」
「あぁ、保証するよ。親は皆親バカだからね。自分の子供が可愛くて仕方ないんだ。
 だから桑原君ができることは、申し訳ないと思うことじゃなく、
 限りあるこの学生生活を精一杯楽しむことだと思うよ」

説教くさくてごめんね。と今度は私が苦笑いすると、桑原君は「いや、サンキュな」と
爽やかに笑っている。彼は本当に素直で真面目ないい子だ。
是非娘達の婿に来て欲しかった。

「さて、私は柳君のところに行くよ」
「引き止めて悪かったな」
「いやいや、どうってことはないさ」

片手をあげてゆっくりとした歩調で出口に向かう。
扉を開ければ、キャッキャとはしゃぐ女子生徒達の群があった。
これがテニス部の力か、と苦笑いしてその横をすり抜け、柳君の待つ教室へと足を進めた。

「さて、俺達も帰るか……。仁王?」

声をかけたジャッカルが固まっている仁王の肩に手をのせた。
仁王の薄い唇がピクリと動くと、小さく声が零れた。

「似とる」
「は?」
のやつ、似とるんじゃ」
「何に?」

仁王は眉間に皺をよせてどこかそわそわとしながらジャッカルを見つめる。
いつも飄々としている仁王に落ち着きが無いのは珍しいとジャッカルは目を丸くしていた。
仁王は一度ゴクリと咽喉を上下させると、恐る恐るその唇をひらいた。

「俺の……じいちゃんに…似とるんじゃ…」
「はぁあ??」
「じいちゃんと同じこと言っとった…」
「お、おい? 仁王?」
「喋り方もちょっと似とる!!!」

扉を見つめている仁王の瞳は少し涙目になっていた。
しかし、口元は微笑んでいた。まるで嬉し涙のようだとジャッカルは眉頭を寄せる。

「もしかしたらは俺のじいちゃんの生まれ変わりかもしれん!」
「いや、落ち着け仁王。はお前と同い年だから! 生まれ変われないから!」
「どうしようジャッカル! 俺おじいちゃんっこなんじゃ!
 どうしよう! じいちゃん! !」
「いや、女子だから! は女子だから!!
 ちょっと落ち着きすぎてじいちゃんみたいだけど女子だから!!」

落ち着け!!!! とジャッカルの焦った声が晴れ晴れとした空に響いていた。

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