来世で女子はじめました : バーロー化現象と生徒会長

おっさんだった頃の記憶が戻って困ったことは、小学生の素振りが難しく、話についていけなくなるところだ。
女子はころころと内容が変わりやすく、また流行りにも敏感ですぐに置いて行かれる。
しかし、おっさんが必死に少女漫画や十代用の雑誌を読む姿は前世の家族にはとてもじゃないが見せられない。
だがお陰様で『大人っぽいしっかり系女子』というジャンルに入ることができた。


***


そうそう家族といえば、俺はあの後必死に前世の家族を探していたのだが、
結論から言うと、彼女達を見つけることはできなかった。

おかしなことにこの世界は俺がいた世界とは別の世界のようで、
卒業したはずの母校や会社も同名のものがあったが、全く別物になっていた。
務めていたIT系の企業は化学繊維の会社になっていたし、母校は学校名の漢字や場所も違っていた。
吸収合併をしていたという形跡もなく、会社や学校も手詰まりで、俺自身を探すことすら不可能であった。
焦燥感と勢いで探してはみたものの、何もわからない結果に俺は微妙に安堵している。
きっと俺は家族の死を確認するのが、自分の死よりも恐ろしかったのだ。

ちゃん〜〜〜〜! 宍戸君が宿題出してくれない〜〜!」

甲高い泣き声に意識を呼び戻された。気づけば俺は手にはチョークを握り、黒板前に立っている。
涙声の持ち主は同級生の高橋さんである。どうやら同じクラスの男子が宿題を提出してくれないようだ。

「おやおや、泣かないで。ね? 大丈夫大丈夫」
「ふええええええっ〜〜! ぢゃんんんんんっっ!!」

あれから一気に精神年齢があがった俺は、率先して場を諌めるようになった。
もともと営業部の課長だった俺は、現場で辛い目にあう平社員と経営目線でなかなか折れてくれない役員との間に立つことが多く 、まぁまぁと双方を宥めたり、意見を聞くのは得意だった。
纏め役を買っていくうちに先生からも信頼を受け、小学校高学年となった今は初等部生徒会の副会長である。

「宍戸君、宿題はどうしたの?」

できるだけ優しく声をかけると、宍戸君は椅子に立ち膝をしながら項垂れている。
机に置かれたノートは新品のように真っ白だ。

「……。忘れてきたなんて、激ダサだぜ」
「あぁ、なるほど。じゃあ宍戸君、問1と2だけ自分でしてみようか。後は教えてあげるから。
 高橋さん、今ある分は持って行って構わないよ。後で私が説明しにいくと伝えてくれるかい?」

高橋さんは、ちゃんありがとうとぐすぐす鼻を啜りながら教室を出て行ったようだ。
宍戸君をみてみると、女子を泣かせたことにバツが悪いのか、唇を尖らせている。

「大丈夫だよ。ちょっと気持ちが高ぶって泣いてしまっただけだし。
 ちゃんとまわりの女子には事情も説明しておくから」
「悪いな。あーもう、女子が全員みたいだったら楽なのによ」
「そうかなぁ。みんな私みたいだったら、おっさんくさい子ばかりになってしまわないかい?」

俺は男子と女子による思春期独特の羞恥心や、子供心における精一杯やることへの恥ずかしさが全くない。
いつまでも少年の心を忘れないでいたせいか、男子とも虫をひっつかんで遊ぶことができる。
そのせいか男子の一部には兄貴と呼ばれ、こっそり頼られる存在でもあるのだ。

「ほら、私が黒板に文字を書いている間に解いておいて。なに、10分もかからないよ」
「おぉ」

宍戸君がノートに向かうのを確認し、黒板に明日の日付や日直の名前を書く。
記憶を思い出してしまったせいか、の字は随分と堅苦しい整った文字になってしまった。
最初はわざと下手に書いていたのだが、大変苦痛で、1年で猛練習してこの字になったという体にした。

また、おっさん臭さについては相変わらずである。というか何十年もおっさんだったのだから
今更数年でどうこうできる問題ではない。加齢臭がないだけマシである。

「よぉ、

ドアから声をかけられ、振り向きながらチョークのついた手を払う。
立っていたのは生徒会会長の跡部景吾君だ。
日本人とは思えないアイスブルーの瞳を煌めかせ、ドアに肘を押し付け拳を緩く頭に押し付けている。
こんな登場の仕方を俺はちびまる●ちゃんの花輪くんと跡部君ぐらいでしか見たことがない。
しかし様になっている。ちびっこギャング? ふてぶてしい態度も何となく愛嬌たっぷりに見えた。

「あぁ、跡部君。何かあったのかな?」
「生徒会の資料作成についてだが、あとどれくらいで終わる?」
「もう終わらせてあるよ。先生に確認待ちでね」
「ほぅ、仕事が早いじゃねーか」
「生徒総会確認担当者は主任の佐藤先生だからね。
 彼は慎重派だから他の先生より確認に時間がかかる」
「あーん? わざわざ人でわけてんのか?」
「その方が良い仕事ができるんだよ」

人の性格やタイミングを見計らへば効率よく、人間関係に軋轢なく仕事ができるものだ。
にこにこと笑う俺に、跡部君はにやりと年不相応の大人びた笑みを見せる。

「なかなかやるじゃねぇか。特別にお前は俺の隣にいることを許可してやる」
「それは嬉しいなぁ。でも生徒総会では生徒会長の隣は副会長だから、許可も何もないんじゃないかい?」
「…そういう意味じゃねぇよ」

勿論わかってやっている。彼が仕事も早く、顔色伺いが上手い俺を気に入っているのは明白であった。
今もそうだが、よく部下にしてやってもいいぜ? と大人びた口調で勧誘されている。
しかし跡部君は敵にしても味方にしても、色々と恐ろしい人物である。
ほどほどの関係が好ましい。苦手というわけではないが、電話が来るだけで嫌な予感がする取引先を思わせるのだ。

「そうだ、お前まだ携帯電話買ってないのか?」
「あぁ、うん。必要性を感じないからね」

というか、携帯電話は便利なのだけれども、昭和脳の俺は小学生で携帯電話を持つなんて考えられなかったのだ。
それに休日や深夜に携帯電話が鳴り、大変な状況で会社に呼び出される夢を未だに見る身としては、是非とも携帯電話はギリギリまで持ちたくない。(完全にトラウマである)

「金云々なら俺がプレゼントしてやろうか?」
「いやいや、個人的な見解によるものだし、金銭面の問題ではないんだよ」

氷帝学園は都内屈指の私立で、このことからわかるように俺の両親は富裕層に属している。
話をよくよく聞けば父親は大手の商社マンらしく、実際の仕事を見たわけではないが
ミスをしても思わず周りが手をかしてくれる、要領の良いタイプに見えた。
支えられるだけに甘んじず、謙虚に努力し続ければ良いリーダーになれそうだ。

「気持ちだけ頂いておくよ。それに休日まで仕事で呼び出されるのは精神的に辛そうだ」
「……ふん」

跡部君は、ならまぁいい、と鼻を慣らして去っていった。
いやいや、随分大人びた少年だ。それでもやはり子供は子供である。
前世の院卒の新入社員を思い出した。彼はプライドも高く、いつも気を張って仕事をしていた印象を受けた。
弱みを見せたくないのだろう。そんな彼と跡部君が近しく感じた。

「跡部君って格好いいよね!」
「生徒会一緒だからいっぱい話せていいなぁ」
「休日も一緒に仕事してるの??」

跡部君がいなくなった途端、わらわらと俺のまわりに集まる女子達に思わず苦笑いをしてしまう。
彼は美貌とカリスマ性で女生徒に大人気なのだ。彼女達に圧倒されながらも、
休日だけじゃなく、できるだけ仕事を家に持ち込まない主義だと言うと、お父さんみたいと笑われてしまった。



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