来世で女子はじめました : 誰のものでもありません

すっかり風邪が治った翌日の朝、下駄箱の中に手紙が入っていた。

「……」

真っ白いその封筒は男子からなのか女子からなのか、全く予想がつかない。
ともかくこの場で開けるのも、と思いバッグに入れる。
教室でも読むことができず、結局その手紙を読んだのは
お昼休みに生徒会室に移動してからだった。

『今日の放課後、屋上庭園に来て下さい』

しまった。と思った。というのも私は風邪をひいて学校を休んでいたからだ。
今日と書いてあるが、本日が手紙の言う今日だとは限らない。

「おや…」

しかしその手紙にはわざわざ日付が書かれていた。日付は今日だ。
なんと律儀な。おかげでドクドクと鳴った心臓の音が静かになっていく。
とりあえずこれで約束を守らなかったことにはならないだろう。ほっとする。
いや、まだだ。差し出し人が不明だ。字は綺麗で、
どちらかといえば女性っぽいが呼び出しだろうか?
正直、ついに来た、と思った。例えおじいちゃんみたいでも私は女子だ。
やっかまれていないわけがない。
椿さんやファンクラブのおかげで事なきを得ていたかもしれないが
女子がそんなルールで感情をコントロールできるというなら
世の男性の6割は婚姻率があがるというものである。それだけ女性は難しい生き物なのだ。

「……」

あんたなんかがレギュラーと一緒にいるだけで、目障りなのよ! とか言われて
平手打ちされるのだろうか。と思うと憂鬱になってきた。
生憎マゾヒストではない。痛いのは嫌だ。幸村君で耐性がついているかもしれないが
彼は暴力は振るわないし、マゾヒストに調教されているわけではなく、
幸村君が誰よりもサディストなだけなのである。しかも愉快犯も加わるから質が悪い。

「じいちゃん!」

生徒会室の扉が開き、仁王君に声をかけられ、私は咄嗟に手紙をバッグに押し込んだ。
勢い余ったせいか、手紙は少しよれてしまった。
目の前の仁王君に、やあ、と返すと彼はパンとお茶を持って
私の真ん前、いつもの定位置に腰を下ろした。

「じいちゃん?」
「何だい?」
「何か隠さんかったか?」
「…小テストがあまりよろしい結果じゃなくてね」
「ほぉ、珍しいこともあるもんじゃのー」

嘘をついてしまった。やましいことがあるわけじゃないが、申し訳なさが募る。
仁王君はそれ以上追求せず惣菜パンを食べ始めた。
早く食べてオセロしようと騒ぐ仁王君に頷く。
罪悪感を払拭するまでいくらでも付き合ってあげよう。


***


昼食を食べ終わった後、私達はオセロに興じていた。仁王君は勝負事に強い。
私は勝負事にはからっきしなのだけれど、長考すればそれなりの勝負になった。
端をとられても、その間ぎっちりと自分の色を埋めてギリギリ勝ったことだってある。
長考する私のせいでお昼休みが潰れることや、翌々日に持ち越しになるのだが
仁王君は文句を言わずに何度も私をオセロに誘う。
私とのオセロをそれなりに楽しんでくれているようだ。

「もう授業開始10分前だね。そろそろ教室に戻ろうか」
「終わらんかったのぉ」
「すまないね…」
「のんびりとるんも好きじゃ」

仁王君はオセロの状態を携帯のカメラで撮影した。
次回オセロをする時はこの状態を作ってから続きを始めるのである。

「よし、じゃあ片付けようか」
「…なあじいちゃん」
「ん? 何だい?」
「何かあったら俺に言いんしゃい」
「……」
「何かある前でもかまわんけど…」

仁王君は私が手紙を隠したところを見ていたのだろうか。
だとしても中身は見えなかっただろう。だとしたら彼の勘だろうか。あなどれない。

私はありがたいと思いつつも仁王君に何も言わなかった。
差出人も要件もわからない以上、対処のしようがないのだ。
不安ではあるが、大事件に繋がる根拠もない。
もしかしたら悩み相談の可能性だってある。

「善処するよ」
「……」

私が曖昧な返事をすると、仁王君は眉間に皺を寄せて黙ってしまった。
拗ねている。慌てて私が、何て頼りになる孫だ、ありがたいなぁ、と続けると
眉間の皺の溝が少し浅くなった気がした。


***


放課後、私は屋上に向かおうとしたが、
チャイムが鳴り終わると同時に仁王君が凄い速さで教室にやってきた。

「じいちゃん!!!」
「に、仁王君…」

一緒に部活へ行こう! と引っ張られそうになって確信する。
あぁ、これは色々バレてしまっているに違いない。
私は真田君を引っ張って耳打ちした。仁王君すまない。

「真田君真田君」
「むっ、何だ?」
「仁王君を部活に連れて行ってくれないかな?」
「…何かあったのか?」
「私は先生に呼ばれていて少し部活に遅れるのだけれど、
 仁王君が一緒に部活に行こうというのだよ。
 きっとそれを言ってもじゃあ待ってると駄々をこねそうだから…」

真田君は私の説明に納得して仁王君を引っ張っていこうとした。
仁王君は「お前じゃないナリ!」と文句を言って私を見ていたが、
曖昧な笑顔を浮かべて手を振ると猛烈に抵抗をし始めた。
その行動が真田君に火をつけてしまったようで、
仁王君は無理矢理真田君に連行されてしまったのだ。

(すまない…)

思ったより大事になってしまった。
私はもういない仁王君に両手を合わせて謝り、屋上へと向かうことにした。


屋上庭園には女生徒が立っていた。私は彼女のことを知っている。
1年時に同じクラスだった小林さんだ。特に仲良くも悪くもなかった。
私が扉から離れると、彼女は黙ってこちらを見つめてきた。
彼女が手紙の主なのだろう。近づくと、キリっとした目元の少女が私に一礼した。

「急に呼び出してすいません」
「いや、かまわないよ。それで私に用事って…」
「…。どう思ってるんですか? 仁王君のこと…」
「……」

本題が直球である。しかしやはりそういうお呼び出し関係か。
中身がおっさんなんだよ、と上手く説明できればいいが、私には出来る技術も度胸もない。
黙っているわけにもいかず、口を開いた。

「クラブメイトかな…」
「…クラブメイト以上の感情があるに決まってるじゃないですか!」
「れ、恋愛感情はないよ」

これは本当だ。私は男性相手にそういった感情を持てずに至っている。
しかしその言葉は小林さんを納得させるには不十分だったようだ。
小林さんは苦々しい表情で私を見ていた。

「ずるい…」

完璧にファンクラブから守られている私は、
彼女達からすればどれほど浅ましく、そして妬ましく映っているのだろうか。
自分の方がずっと仁王君が大好きなのになぜ自分は傍にいれず、なのか。
仁王雅治を好きでもないはずの彼女がなぜ一番近くにいるのか。
むしろ、好きでないならなぜ近づくのか。そう思われているかもしれない。

「ずるいって思い始めたら、悔しくて悔しくてたまらなくなった」
「うん…」

私は小林さんの話を聞くしかない。聞くことしかできない。
私はマネージャーを辞めるつもりはないけれど、戦おうとする勇気も持ちあわせて無かった。

「小林さん。申し訳ないけれど私はマネージャーをやめたいとは思ってないんだ」
「わかってる。ファンクラブに認められたマネージャーだから簡単にやめられるわけないって…」

小林さんはスカートをぎゅっと握りしめていた。
震える拳はどれほど力強く握られているのだろうかと心配しそうになるほどだった。

「でもずるい…」
「……」

申し訳ないと思いつつ、何もできない自分が歯がゆい。何が悩み相談だ。
何がご老公か、と自分を責めた……の、だが…

「私だって、さんをおばあちゃんって呼びたい!!」
「は?」
「仁王君ばっかり孫みたいに可愛がってもらえて!」

小林さんは俺の両手をぎゅっと握ると、涙目になっている顔を近づけた。
俺は予想外の言葉に目を白黒させることしかできなかった。おかしい。
小林さんは仁王君のファンだから、お祖父さんと慕われている俺が気に食わなくて…
でも…あれ? おばあちゃんって呼びたい? あれ?

「えぇと、小林さんは仁王君が好きなんだよね?」
「え? テニス部なら幸村君が好きかな?」
「……今日は仁王君のことで私に怒っているんじゃ?」
「違う! おばあちゃんにそんなことするわけないじゃない!」

わけがわからなくなってきた。嫌な汗が背中につたうのがわかる。
どうにか落ち着きながら小林さんに話を聞くと、
数年前に亡くなったお祖母さんと私の雰囲気が大変似ているらしい。
お祖母さんが大好きだった小林さんは、私を見かけるたび
お祖母さんに再び会えたような気持ちになっていたそうだ。

そんな時、小林さんにとって許しがたい事件が起きた。
仁王君が私をじいちゃんと呼んでついて回るようになったのだ。
自分は見ているだけで我慢しているに、仁王君はじいちゃんと呼んで
しかも可愛がられているではないか! ずるい! …ということらしい。

「だからいいでしょ!? 私もおばあちゃんって呼びたい!」

だからって何だ。だからって。小林さんは私の手を離すと『お願い!』と息巻いている。
別に私は構わないのだが、そうなると面倒なのが仁王君である。
何となく、黙っている気がしない…。小林さんも興奮気味だし、
とりあえず一度落ち着いてもらうためにも話を持ち帰らせてもらおうと決め、
言い訳を必死に考えることにしたが、なかなか浮かばない。
その間も小林さんは瞬きを惜しむように私を見つめている。

「え、えぇと…」
「駄目じゃ!!」

私が喋ろうとすると後ろから大きな声に言葉を遮られた。
聞き覚えのある声と語尾に私は肩を跳ねさせる。
振り返ろうとしたところ、腕をぐいっと引っ張られてしまった。
転びそうになるが、何かが背中を支えてくれる。
顔をあげれば仁王君が必死の形相で小林さんを睨んでいた。
私を支えてくれているのは仁王君のようだ。

「気になって校内探し回ってやっと見つけたぜよ。小林、じいちゃんは俺のじいちゃんじゃ!」
「おばあちゃんでしょ! 女子なんだから!」
「じいちゃんじゃ!」
「おばあちゃん!」

もう部活が始まっているはずなのに、何で仁王君がここにいるのか。
多分幸村君の目を盗んできたのだろう。
と、なればこの後、幸村君の笑顔の雷が落ちるのは想像に難くない。
私はぞっとして身震いする。もうそろそろ冬がくるからだ。きっとそうだ。そうに違いない。

「駄目ったら駄目じゃ!」
「仁王君はクール系で売ってんでしょ!?
 じいちゃんじいちゃん言ってさんに甘えないでよ!!」

2人は当事者の私に意見を求める気がないのか、大喧嘩である。
これはどう仲裁したものか、と途方にくれる。
逃げようにも私の手は仁王君ががっちり掴んでいて離してくれそうにない。

「!」
「ピヨッ」

再び背筋がゾクリとした。何だか嫌な予感がする。私は横にいる仁王君と目を見合わせた。
どうやら仁王君も同じく何かを感じたらしい。
目の前の小林さんを見ると、口を開けてポカンとしている。

私と仁王君はぎこちなくゆっくり背後を振り向いた。
そこには笑顔の幸村君が立っていた。
その手ににもった縄を見て私と仁王君は声にならない悲鳴をあげたのだった。




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