来世で女子はじめました : 朝晩2回飲めば効く

その年の夏、立海大附属中学校は全国優勝した。
その場で先輩は引退、幸村君は立海大テニス部の部長になった。
副部長は真田君である。私は勿論あれからもずっとマネージャーを続けている。
続けているのだが…。

「ざいっでぇだ……」

酷いガラガラ声だ。喉は痛いし、鼻水はずるずる出るけれど、時折詰まって息がし辛い。
今生久しぶりすぎるほどにひいた風邪は容赦なく私の身体をいじめ続けている。
私はマネージャーを続けているのだけれど、絶賛部活はお休み中である。


***


、ご飯は?」
「ぐあいわるい」

母親の質問に対して、答えにならない返事をする。しかも6文字。
無理に勧められることもなく、母親はポカリだけを置いて部屋を出て行った。
携帯電話を取り出して時間を確かめる。時刻はもう午後になっていた。
体調の異変を感じたのは昨日、調子が悪くて部活を休んだのだが、
その翌日、一日で一番体温が低いはずの朝に私の熱は39度を記録し、
有無をいわさず母親に病院に連れて行かれた。勿論学校はお休みした。
肺炎やマイコプラズマではなく、ただの風邪という診断を受け、私は薬を飲んで一眠りしていた。
起きたらこの時間である。久々の体調不良に風邪ってこんなに辛かったっけと溜息が零れた。

「3通?」

時間を確認した時、メールが着ていることに気付いた。
誰からだ? とメールを見てみれば幸村君と仁王君と柳君からだった。
幸村君には部活を休むことをメールしていたので、その返事だろう。

『蓮二から聞いたよ。風邪ひいたの幼稚園ぶりなんだって? うける』

「……」

何で柳君がそんなことを知ってるんだ。とかねぎらいの言葉はないのか、とか
言うに事欠いて最後の3文字何なんだとか、色々突っ込みどころ満載のメールだった。
返事しないのも怖かったので、部活休んですいません、とだけ送信した。
次に仁王君のメールを開く。

『じいちゃん風邪ひどい?明日まで治る?(´;ω;`)さみしい』というメールが来ていた。

うんうん。顔文字にすごく気持ちがこもっているね。うんうん。女子か!!!!!!
枕に顔を埋めて悶えた。いけない。なんか可愛いとか思ってしまったけど俺おっさんだから!!!
俺おっさん!!!まるで自己暗示のように何回もおっさんを心の中で連呼する。
仁王君に、熱はまだあるから様子見かな、とメールを送信した。泣いていないといいけれど…。

柳君のメールはシンプルに風邪の対処法が書かれていた。
しかも最後は返信不要だという一文まで…。何て出来た子だ柳蓮二。
私の風邪遍歴を知っていたことはもう面倒だし不問に処そう。
水分をとれと書かれていたのでポカリを飲む。一度口をつけたらごくごく飲めた。
気付かない内に水分を消費してしまっていたのだろう。
母親に促されて着替えをし、もう一度眠りについた。
疲れきった身体はマットに沈み、暗く意識が途絶えた。


***


俺は夢を見ていた。凄く懐かしい。妻と子供達の夢だった。
妻は初デートの時のパステルブルーのワンピースを着ていた。
一緒にいる子供達はとても幼かった。

俺は幸せだった。これ以上愛することの出来る存在なんか出来ないだろうと思えた。
けれど、夢はだんだんと暗い色を滲ませる。彼女達が急に泣き出してしまったのだ。
どうして? とあたりを見回せば、そこは葬式会場になっていた。
沢山の花に埋もれるように飾られた遺影の中には俺の笑顔があった。
あぁ、そうだ。死んだ。俺は死んでしまったんだ。彼女達を置いて…。

カラーだった夢がどんどん色あせ白黒になる。
すると、彼女達はその場から立ってどこかへ歩き出してしまった。
彼女達の進行方向には見たことのない男性がいた。
不思議なことに子供達は成長して、中高生の姿になっている。俺は慌てて追った。
けれど追いつけない。それどころかどんどん離れていく。
行かないで、待ってくれ。俺は…君達と離れたかったわけじゃないんだ…!

「誰、だ…?」

不意に、彼女達の前に見知らぬ男性が現れた。
彼女達はその見知らぬ男性を見て笑顔を浮かべている。
それを見て、俺の脚は鉛のように重くなった。
けれど、彼女達と男性はどんどん先へと歩いていく。
豆粒のように小さくなる彼女達を見つめながら、俺は頬が熱くなるのを感じた。

「…ん」

そこで俺は、私は目を覚ました。
部屋はすっかり暗くなっている。窓から見える空が黒一色となっていた。
私は寝ながら泣いていたのだろう。頬が冷たいし、何だかすごく疲れた。

コンコン

部屋がノックされる。あぁ、母親か。と慌てて目元をこすった。
喉は大分よくなっていた。母親にそう言えばきっと喜んでくれるだろう。
ドアが開き、誰か入ってくる。その瞬間、私はまだ夢を見ているのだと思った。

さん大丈夫? 来ちゃった」

最凶のお取引先、幸村大魔王様の降臨です。お前は俺の彼女か。
しかもその後ろには何やら銀色の髪の毛が見える。あ、これもう俺寝れなくなりそう。
いや、むしろこれ夢だ。寝よう。じゃなかった起きよう。
俺は彼らに背を向けて布団を頭から被った。

「じいちゃん!」
「げふぉ!!!」

途端背中に衝撃が走った。間違いなく仁王君だし、痛い。夢じゃなかったか。
仕方なく布団から出ると、仁王君に手櫛で髪を整えられた。

「大丈夫? まだ治らんの?」
「治ってないから近づかない方がいいよ」
「マスクしとるから大丈夫じゃ」

言われて気付いたが、2人はマスクをつけている。
母親が部屋にお茶とお菓子、おかゆを持ってきてくれた。
お菓子とお茶なんて与えたら5分は滞在時間が伸びるじゃないか。なんてことを…。
仁王君と幸村君は愛想の良い笑顔を浮かべ、母親に礼を言っている。
母親は私の気持ちなどつゆ知らず、イケメン2人に顔を綻ばせ喜んで部屋を去っていった。
仁王君はお盆に乗っているおかゆの器を持って私に近づいてきた。

「じいちゃん、俺が食わせたる」
「いや、一人で食べるよ…」
「あ、仁王。楽しそうだね。交代でやろう」
「……」

幸村君は完全に病人で遊ぶ気である。
そもそもこの2人は何をしにきたのだろうか。私で遊びに来たのだろうか。
だとしたら今すぐに帰れと怒鳴っても私は許されるだろう。

「ふ、2人はどうしてここに?」
「お見舞いだよ。ちなみに俺達は代表。お土産は無難にアイスにしたから」
「はぁ…」
「じいちゃん。あーん」

もう抵抗するのも面倒で口を開ける。おかゆが思った以上に熱くて、アチッと唇を引っ込める。
それを見た仁王君がマスクを外し、フーフーと息を吹きかけておかゆを冷してくれた。
甲斐甲斐しい。完全にこれは介護だ。

「ん…」
「熱くないか?」
「味しない…」
「でも食べんとな。はよ良くなってもらわんと、寂しいナリ」
「苦労をかけるね…」
「じ、じいちゃん…死んじゃいやじゃ…」

あ、これパターン入ったな。と思ったが、幸村君が颯爽と仁王君からおかゆを奪取した。
幸村君は自分のマスクを取らずに、仁王君に息を吹かせておかゆを冷まさせている。
仁王君は私の足元に縋りつくようにして動かない。困ったなぁと茹だる頭を抑えていれば
口元におかゆが運ばれる。咄嗟に口を開けば、スプーンは私の口に収まらずに後ろにさがった。
所謂、はいアーン、なんちゃって! やっぱりあげな〜〜い! である。

「欲しい? 欲しかったら精市くん頂戴って可愛く言って」
「……」

私は風邪のせいで突っ込みもままならない。
幸村君のおかゆをあーんに従っている時点で察して欲しい。
こんな女子に見られたら発狂の末殺されそうな自体を受け入れているのだ。末期である。

「…何も言わないなんて、相当弱ってるみたいだね」
「一人で食べたい」
「駄目だよ。器落としそうだもん。仕方ないから普通にあげるから、あーん」
「……」
「ほら、口開けて?」

恐る恐る口を開けたら少し冷たくなったおかゆを口に運ばれる。
もしゃもしゃ、とゆっくり咀嚼して飲み込む。喉が痛い。おかゆが喉に纏わりつく。
仁王君がふーふーして、幸村君が口に運ぶ。

「なんかこうしてるとさぁ…」
「ん?」
「介護だよね…」
「……」

自分で思うのは良いが、言われるのは腹が立つ。食欲が吃驚するほど一気になくなった。
しかし容赦なく幸村君は口の中におかゆを突っ込むのだ。
もういいといっても「農家の皆さんに申し訳なくならないの?」と説教される。
お前は百姓の息子か! と突っ込もうとすれば口の中にスプーンをねじ込まれる。
問答無用である。たまに仁王君が交代して、おかゆをお腹に収めた。
薬を飲んで一息つく頃、2人は私の部屋を眺めながらお茶を飲んでいた。

「部活は大丈夫かい?」
「大会後の疲労が残ってるからほどほどにしてるよ」
「あ、あれでほどほどのつもりか幸村…」
「当たり前だろ? でもさんがいないとやっぱり困るね。
 代わりの部員がドリンク作りや洗濯もたついてるのを見てイライラしちゃったし」

幸村君は早く治してね、と優しく声をかける。それをなぜメールでしてくれなかったのか。
うける、というメールよりもよっぽど好感度があがった。
さらにお見舞いに来ないでメールだけですませてくれてたら、好感度は倍でドンだ。
そもそも幸村君への好感度は低いからすぐ倍になるだろう。

「申し訳ない。早く、治すよ」
「治すまで毎日くるよ」
「絶対早く治す」

その意気だ。と笑う幸村君と私の間に仁王君が入ってくる。
私が幸村君とばかり話すのが気に食わないのだろう。
ベッドに半ば上がるようにしながら、私の脚の横に頭を添えるように布団に頭を埋め始める。
何となくわかる。これは、構って、か、撫でろ、背中ぽんぽんして、である。
どれにするか悩んで背中をぽんぽんと叩くと仁王君は黙ってされるがままになっている。
どうやらあたりのようだ。もっと〜と催促までしてきた。はいはい、と返事をして頭を撫でる。
私に甘えたい放題の仁王君に、幸村君は呆れたような表情を浮かべている。

「仁王は本当お祖父ちゃんっ子だね」
「うちの孫がいつもお世話に…」
「…。さん、熱あがってきてるね」

寝なさい、と幸村君は私を寝かせて仁王君を引き剥がす。
疲れきった私はまたすぐに眠ってしまい、
次の日の朝には驚くほど健康体に戻っていた。




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