来世で女子はじめました : アンラッキー千石

関東大会が始まり、うだるような暑さに目眩がした。
既に暑さに弱い仁王君は風通しのいい日陰からピクリとも動かなくなっている。
私は休憩時間に国光君の試合を見るために試合をしているコートを探しているのだが…。

(人が多すぎる…)

関東大会ともなると各県から選手や応援のための家族、友人がやってきている。
しかも場所は東京、期間は夏休み、一大イベントのようになっていた。
あとすごく女子が多い。黄色い声があっちで飛んでこっちで飛んで。
立海大はファンクラブのせいか統率が取れているようだが、立海大は例外も例外だ。
他の学校はとにかく女子の黄色い声があっちこっちで聞こえてくる。
とにもかくにも青学のコートだ。国光君は今回S2だから早めに行かねば…

「おっ、君みたいな女子に出会えるなんて俺ってラッキー!」

目の前にいるオレンジ頭の男子がウィンクしている。
どうか私に声をかけたのではありませんように…。


***


「えぇ、と…すいません。急いでますので…」
「今日射手座は運命の出会いがあるって聞いたんだけどまさか本当に出会えるなんて!
 俺ってラッキー!」

生まれて初めて男にナンパされた俺は最高にてんぱっていた。
前世ナンパなんてしたことがないチキン野郎の俺は、彼のやる気を普通に尊敬しつつ
すごく困っている。会場には応援に来ていた可愛い格好をした女子が沢山いるというのに
目の前の彼は何を思ってジャージを着たもっさい俺を選んだというのか。
可愛いお団子、編みこみ、くるんくるんに髪を巻いた女子と違い
俺は髪の毛をシュシュというゴムで結んでいるだけだ。
唯一女子っぽいと自慢できることはこのシュシュがピンクであることくらいである。

「すまないが、私は試合観戦にいかないといけなくて…」

私が持っていた会場の地図を指さすと勇気ある男子はにっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
すごい!格好いい!というタイプではないが、愛嬌もあり、大変モテそうなタイプに見える。

「あ、俺さっきまでそこで試合してたよ?」
「え!」

選手だったのか、どうりでユニフォーム着てると思った。
彼は何の迷いもなく私の手首を掴んで足早に歩き始める。
こっち、こっち、と右に行って、左に行って、さらに曲がって。
やっとついたコートは現在ダブルスの試合をしていた。
青いユニフォームが眩しい。間違いなく青学のユニフォームである。

「どっちの応援?」
「青学だよ」
「じゃあこっちだね」

彼の手はいつの間にか俺の掌を掴んでいる。ぞぞぞ、と背筋が震えて思わず手を引いた。
するりと彼の指から逃げる。気付いた彼が頭を掻いていた。

「あ、ごめんごめん。つい癖で…」
「……」

初対面の女子と自然に手を繋ごうとするなんて…。彼はどれほど女たらしなのだろうか。
長年男を続けていた俺には男目線で彼を見ることができる。
大学に1人はいたやたらコミュ力が高い男に彼はよく似ていた。
彼女が途切れたことがなく、要領も良い。
そしてやたら記念日を細かく祝いたがる男であった。きっと彼もそうに違いない。

しかも彼女に会いたいからとか言って、サークルの合宿を途中で抜け出して
その後の少女漫画のような展開をロマンティックに熱く語ってくるタイプだ。
『俺、あいついないとだめかも』と言っていたのに、半年でその彼女と別れて
違う女と同じ事をするのである。

「紹介遅れてごめんね。俺山吹中2年の千石清純っていうんだ」
「これはこれはどうも、ご丁寧に…。立海のです」
「うん。立海だよねその指定ジャージ」
「…よくご存知で」

そしてこの手の男はやたらと知識が豊富だ。
勉強うんぬんではなく、トリビア的な知識を幅広く有しているのである。

「千石君。ほら、あそこに可愛い女の子がいるよ」
「え? あ、ほ、本当だ! ちょっと行ってくるね!」
「う、うん」

苦し紛れに別の席にいる可愛らしい女子2人組を指させば、
わりとあっさり千石君は私から離れた。
ナンパして連れて来たくせに、すぐに他の女子に目移りするとは…。
理解はできないが大変ありがたい。

(国光君っ!)

S2の試合が始まる。どきどきそわそわして落ち着かない。
娘のピアノ発表会に来ている時の気持ちになる。
1ゲーム目、サーブをするのは国光君だ。
高くあげられた黄色いボールは国光君のラケットに打ち付けられ、
吃驚するスピードで相手のコートをバウンドした。
相手選手はあまりの速さに1歩も動けなかった。1歩どころか反応すら出来ていない。
圧倒的である。これは早々に勝負がつくであろう。


***


「ゲーム、手塚」

審判員の大きな声がコートに響く。1ゲームも取らせず、国光君は完勝した。
うおおおおお、という地鳴りのような歓声に私はただただ圧倒されていた。
国光君は髪の跳ねた男子に飛びつかれている。まさに青春、という感じだ。

試合の途中、手塚ゾーンだ!みたいな声があがっていたが、
どうやらボールが国光君に引き寄せられるらしい。…。どういう仕組か全くわからない。
磁場? 磁場の関係? だとしたら国光君は一体何極だ?
幼い頃から一緒にいたのに、国光君をとても遠くに感じた。色んな意味で。

「さすが手塚君だよね〜」
「おや、いつの間に戻ってたんだい?」
「ついさっきだよ。聞いてよちゃん! さっきの子にはフラれちゃってさ〜」

粘ったが連絡先どころか名前も教えてもらえなかったようだ。
なるほど、彼が私に声をかけた理由がわかった。私は隙だらけであったのだ。
ガードの緩そうなそこそこの女をキープしようとしたのであろう。恐ろしい。
中学生からこれでは大学生になったらさらにフィーバーするに違いない。
私はそれで2日に1回合コンに行き、腎臓を壊した同級生を知っている。
しかし、彼はすぐにあっちにふらふらこっちにふらふらするミツバチのような男だ。
穴だらけな分、逃げやすい。まだまだ可愛いものである。

「そ、そうか。残念だったね。ところで千石君、次の試合はいいのかい?
 山吹は勝ち進んでいただろう?」
「あ、うん。まだ大丈夫。集合時間まであるし」
「私はそろそろ戻らないといけないから…」
「マネージャーさんは大変だねぇ」
「…え? どうして私がマネージャーって…」

千石君はケラケラと笑ってジャージを指さした。
彼の話によると、応援に来る女子は制服か私服でやってくるそうだ。
立海はイケメン揃いだから女子は気を使い、ジャージで来ることはない。
それでもジャージで来ているなら会場での動きやすさを重視しているということ。
動かなきゃいけないのは選手だけど、今回女子の大会は別の日。
つまりマネージャーだろうと推理したようだ。意外と賢いな千石清純。
ただのヤリチンから推理力のあるヤリチンに格上げである。

「マネージャーさんだったら全国大会でも会えるし、仲良くしときたいなって思って!」

おまけに計算高い…。感心していると、肩を誰かに掴まれた。
後ろに立っていたのは国光君である。汗を流したまま私を見下ろしていた。

。今の試合、見ていたのか?」
「うん。お疲れ様、すごい試合だったね。スピーディで吃驚したし、格好良かったよ」
「…。そうか」
「あれ? 手塚君とちゃんって知り合い? っていうか手塚君の彼女??」

どうやら国光君と千石君は知り合いだったようだ。
千石君は気安く国光君に笑いかけている。
しかし千石君の発した冗談に、ピシッとその場の空気が凍った。

俺は相変わらず男性との結婚、お付き合い願望が皆無である。
それが男前で文武両道の国光君であろうとも、セレブリティな跡部君でも変わらない。
ともかく、国光君がこんなおっさん臭い女を彼女にしてると思われたら可哀想だ。
国光君は勉強もできてスポーツも出来て、しっかりしていて、
立派なお子さんだから、私とは月とスッポン、豚に真珠なのである。

「勉強ができて運動神経もよくて、美形で優しい国光君に私は不釣り合いだよ。
 私と国光君が付き合うだなんて今生確実に何があっても決して有り得ないことだよ」

ね? と国光君に同意を得ようとしたら、国光君が物凄く複雑な表情で私を見ていた。
そのままベシっと私の後頭部を叩いて去っていく。ジンジンと後頭部が痛い。
出会って初めて叩かれた。痛みなんて殆どあってないようなものだが、
あの国光君に殴られたという事実が精神的に痛い。ショックである。
え? 何で? 私が彼女に間違われたのを怒っているのだろうか…。

「千石君が彼女に間違うから国光君が怒ってしまったじゃないか」
「いや、あれはちゃんが悪いよ」
「は? あ、そうか。あそこで国光君が同意したら私を貶すことになってしまうからか。
 言葉選びに失敗したな…」
「…ちゃんって面白いねぇ。はぁ…俺はショックだよ…。
 ちゃんがいるなら全国大会も楽しみだなって思ったのに…」

不思議そうにする私を置いて千石君はどこかへ歩いていってしまう。
国光君が怒った理由を知っているなら説明して欲しかったが、
なんだか千石君を呼び止める気にならなかった。
アンラッキ〜〜という悲痛な千石君の声に私はただただ首を傾げていた。




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