来世で女子はじめました : 次回作にご期待ください

氷帝学園が時間通りにやってきた。お迎え担当者は桑原君と柳生君だ。
安定のジェントルマンコンビである。(桑原君はフェミニストだ)
スケジュールを既に渡していたこともあり、つつがなく練習試合は進行している。
私もドリンクやスコアに翻弄されている。国光君に色々と聞いておいたのが功を奏した。


***


「柳君、残りの試合結果全てもらえるかい?」
「あぁ、これで全部だ。データ化を頼んでもいいか?」
「お安い御用だよ。水曜日まででかまわないかな?」
「早いな。助かる」

任せてくれ、と笑う私に柳君は微笑んだ。
柳君は無事試合に勝利したらしく、とても機嫌が良さそうだった。
もらった試合結果は大分量があるが、私はタッチタイピングもできるし、
問題なく水曜日には渡すことができるだろう。

さん、お疲れ様」
「お疲れ様、幸村君。すごかったね」
「跡部も強かったよ」

国光君が気にしていた跡部君VS幸村君の戦いは幸村君が制した。
激しい試合だったというのに、目の前の彼は涼しい顔をしている。
汗をかいてはいるものの、すごくキラキラしていて、背景に花が咲きそうだ。
これがイケメンの底力か。と元凡夫はとても切なくなった。

「ちゃんと見てた?」
「勿論。テニスの試合を見ていつか人死が出るんじゃないかと思えたのは初めてだよ」
「あれ? それ褒めてるの?」

幸村君の笑顔が急に張り付いたものになった。魔王降臨。
機嫌を損ねてしまいかけただろうか、と慌てて
「物凄かった!格好良かった!さすが!神の子!イケメン!」と騒いでみる。
すると幸村君は「知ってる」と笑顔で返事をした。私の心はまるで焼け野原だった。
すごくむなしい…。

「後は俺達の学年の試合はないね。先輩達も問題ないだろう」
「私はそろそろ片付けの準備でもしておくよ」
「まだ元気だな
「マネージャーは試合していないからね」


聞き慣れた声が聞こえ、振り返ると跡部君が立っていた。
跡部君は額から落ちる汗をタオルで拭いながら私達に近づいてくる。
幸村君に負けじと汗がきらきら輝いて絵画みたいになっていた。
こんなところまで絵になるのか。もう嫌味の領域である。
すぐに試合が始まったので、跡部君とちゃんとした会話をするのは今日初めてだ。
私はぎこちなく笑ってしまいそうだった表情筋を無理矢理引っ張って笑みを浮かべた。

「久し振りだね」
「直接会うのは年単位だな。…少し付き合え」
「あぁ、わか「跡部、さんはうちのマネージャーなんだけど?」

了承しようとしてすぐ、幸村君が跡部くんから庇うように私の前へと出た。
試合後だからか2人の間に火花が見える。一触即発とはまさにこれである。
見る人が見れば私はイケメン2人に取り合われている図にも見えるかもしれないが
そんな良い物じゃ断じて無いだろう。いっそ柳君の方が絵になりそうだ。
あと個人的には美男より美女に取り合われたい。
女子の見た目でこれを言うのは例え心の中でも憚られるな…。

「幸村。てめぇ、何で邪魔してきやがる?」
「皆の前じゃ言えない話を2人きりでするの?
 さんが跡部のスパイだとでも思われたらどうしてくれるのかな?」
「……」

何て失礼な。私が眉間に皺を寄せると、柳君が横から、わかっている、と声をかけてくれた。
幸村君も心にも無いことを言っているに違いないと思うが、ショックはショックである。
居た堪れなくなった私に気付いたのは2人ではなく、跡部君だ。
溜息をついて前髪をかきあげる。

「全く。先が思いやられるぜ。おい、こいつを渡しておく」
「え?」

跡部君が私に向かって何かを投げて寄越したので、慌ててキャッチする。
渡されたのは黒いスマートフォンだ。まだピカピカで真新しく見える。
端末を手にとって跡部君を訝しげに見つめ返す。

「跡部君、私、携帯電話は…」
「今時持ってねぇ奴もすくねぇだろ」
「親にも相談しないと…」
「悪いが話は通してある。お前の親は喜んでたぜ? 年相応だってな」
「え!? な、何で!?」
「将来、お前は俺の右腕として預かるんだからな。当然だろ?」
「……め、目眩がする。あ、で、でも高価なものは貰えないよ…!」
「端末は最新じゃない。俺のお下がりだ」

お下がりがこんなに綺麗なのか。まさか最新型が出る度買い換えてるんじゃないだろうな。
そんなの操作を覚えるのが面倒ではないだろうか、とどうでもいいことを考えている俺は
完全に混乱している。親に連絡ってお前…。何てことをしてくれたんだ…。
中学生の男子が女子の家電に電話をかけるって、
死と隣り合わせぐらいの覚悟が必要なものじゃなかったのか?
少なくとも俺はそうだったんだけど…それはもう時代遅れな考え方なのだろうか…。

「今日、明日にでも親と契約しに行け」
「跡部君…」
「お前のとこの部員は話もまともにさせちゃくれねぇからな。携帯電話は必須だろ」
「それって誰のことかな?」
「フン、こいつをスパイだなんて言いやがった見る目のねぇ奴にはわからねぇ話か?」
「…。言葉の綾だよ」

幸村君は笑顔である。その裏側で何を考えているか察することはできない。
というかしたくない。逃げ出したい私と対照に柳君は真顔でその様子を眺めている。
慌てているのはどうやら私だけのようだ。おかしい。
私はこの場にいる誰よりも大人のはずなのだが…。いや、この子達が規格外なのだ。

「幸村、この借りは関東大会で返す。覚えておきな」

その一言を告げると跡部君は踵を返した。
颯爽と去っていく跡部君の後ろ姿は昔よりずっと広く大きく見える。
男子3日も会わざれば…というが、まさにそうなのだろう。
そうしてどんどん私と跡部君の差が広がっていく。
彼がそれに気づけば、こんな風に私に構ってくることはもうないかもしれない。
そんなことを思うと携帯電話を契約するのも悪くない気がした。

さん。悪かったね。スパイだなんて思っていないよ」
「そうだとありがたいね」
「怒ってる?」
「悲しいけれど、怒ってはいないよ」

ごめんね。と幸村君が謝罪してもどうにも気分が晴れなかった。
跡部君と接触することで、そんな風に言われるのかと思うと
この先やっていける自信が無くなってきたのだ。
テニス部じゃない面子に言われるのも嫌だが、
よりにもよってレギュラーの幸村君に言われたのだ。
テニス部全員がそう思う可能性だってあるのだろう。

「…なんか、悔しくて」
「何がだい?」
「跡部が君にかまうの」
「はい?」
「どうやったら連れて行かれないか考えて、咄嗟にあぁ言っちゃっただけ。
 本当に思ってたら俺は言わないでここぞって時に使うよ」
「……」

それは信用するべきなのだろうか。というかここぞって時はいつなのだろうか。怖い。
というかまさか、幸村君は跡部君にライバル以上の関係を感じているのか?
それか、部員は全員自分の支配下にないと落ち着かないのだろうか。
何だそれどれにしても怖い。
1番目に関してはわりとお似合いかもしれないのがすごく怖い。
これ以上この話に拘るのはやめよう。知りたくもない事実を知ってしまいそうだ。
気づいたら私は跡部君からもらった端末をぎゅっと握っていた。

「…それで携帯電話契約するのか?」
「したくないけれど、親に話が通ってるのは予想外だったな…」
「絶対何回も連絡がくるだろうね」
「それ以上に親と勝手に繋がられる方が怖いのだけれど…」

話を変えてくれたのは柳君だった。携帯電話、本当にどうしようか。
幸村君の忠告は想像に難くない。今まで家の電話だった私への連絡手段が直通になるのだ。
跡部君はあれでいて常識人だから、家への電話は極力遠慮していたであろう。
その遠慮が払拭されるわけか。ふふふ、恐ろしい。恐すぎて笑えた。

「貸して」
「え? ちょっと、幸村君」
「うわ、待受の画像が跡部なんだけれど…。これはナルシストすぎないかい?」
「ほぅ…。いいデータがとれた」

私の手から端末を抜き取ると、幸村君は手慣れた様子で操作を始めた。
柳君が横から眺めながらノートを取っている。何のデータを取ってるんだ…。
すいすいと指先が動いているのを見ながら私は画面を覗きこんだ。
幸村君が気付いて少しだけ端末の位置を下げてくれる。
見ていたのはアドレス帳だ。1件だけアドレスが入っている。

「跡部のやつ…。やっぱりアドレス帳に自分のアドレス入れてるね」
「精市。アドレスを消すような陰湿な真似はするなよ?」
「…俺がそんなことするわけないじゃない。0になってるのを521に変えるだけ」
「何で521なんだい?」
「弦一郎の誕生日だよ」

絶妙に意味の分からない数字だと思ったら真田君の誕生日だった。
…いやいや、何か嫌だ。というか真田君が可哀想だ。
しかしNo.を変更する幸村君はとても楽しそうで止めるのが憚られる。
結局私は止めることもできず、跡部君は0から521に変更された。

さん。この端末ちょっと借りて行くね」
「え!?」
「精市。俺も一緒に行こう」
「ちょ、ちょっとちょっと…!!」

勝手に端末を持っていく幸村君達に手を伸ばすが届きそうもない。
あぁなった2人はもう誰にも止められない。というか関わりたくない。
幸い端末はもらったばかりで私の情報は皆無だ。放置しておいても問題ないだろう。
しかし一体何をする気なのか、不安だ…。


***


氷帝学園のバスを見送り、私はベンチの上に出した荷物を片付けていた。
近づいてくる人物に顔を上げる。幸村君だ。

「はい、さん。借りてたスマホ返すね」

私は作業の手を止めて端末を受け取った。
端末には傷ひとつなかったのだが、電源を入れた途端、
待ち受け画面が真田君で私は思わず真顔になってしまった。

「それ、いいだろう? 弦一郎のキメ顔だよ」
「……」

何? 幸村君は真田君推しなのか? 
他になにか変化がないかとアドレス帳を弄ってみる。
案の定、アドレス帳にはなぜかまだ通信もできないのに皆のアドレスが入力されていた。
とりあえず真田君待受はそっとデフォルトに変更させてもらうことにした。

「あれ? 変えちゃうの?」
「気持ちだけもらっておくよ」
「携帯契約したらメールを送ってね。俺のアドレスも入れておいたから」
「あぁ、うん。そうだね。連絡取りやすいと助かるよ」
「……それは、今後もマネージャーを続けてくれるっていう事?」
「私で務められるなら」

私が笑顔で頷くと幸村君は満足気に笑みを返してくれた。
仁王君に懐かれてから、流されるようにマネージャーになったけれど
私は驚くほど充実していたことにも気付いていた。
誰かに必要とされることが嬉しかった。問題解決に勤しんでいたのもきっとそうだ。
中身がおっさんの私でも良いのだと言われている気がしたのだ。

「これからも、よろしく頼むよ」

幸村君が手を差し出してくれる。私も手を出して硬く握手する。

「こちらこそ宜しく。……幸村君」
「……何だい?」
「痛い痛い痛い痛い!!!!」
「ここは胃のツボだよ。頑張ったさんに俺からの労い」

幸村君がなかなか手を離さないと思えば、
幸村君の親指が私の親指の付け根をぐりぐりと押し始めた。
すごい激痛に私が身を捩っていると、幸村君の親指は別の場所を押し始める。

「ほ、本当に痛いんだよ幸村君! はな、離してくれ!!!」
「ここは腸だね」

幸村君は私の手を離さず、ひたすらツボを押し続ける。
細身で華奢に見える幸村君の指の力は尋常じゃなく強い。
逃げようと脚を踏ん張らせて腕を引っ張るが、ビクともしない。

「だ、誰か!! 誰かー!!!! 痛い痛い痛いーーー!!」
「このツボは肝臓だね。さん中身だけじゃなくて内蔵もおじさん臭いんだね」
「ほ、放っておいてくれ…! いたたたたっ!!」

おっさんのマネージャー生活(戦い)はまだまだこれからだ…!!




material and design from drew | written by deerboy
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