来世で女子はじめました : はちみつレモン

練習試合当日、私は慌ただしく準備を進めていた。
前日ある程度していたつもりだったのだが、
顧問の「あ、備品申請? 出してなかった」でそれどころではなくなった。
もう完全に間に合わない。主審をするためにきてくれていた部員5人と顔を真っ青にする。

「月島君は申し訳ないが学年主任の先生に事情話して備品用意に回ってくれ。
 コートは金森君1人になるがいけるか?」
「あー、時間かかってもいい?」
「構わない。早く集まっておいて正解だったね」

備品の用意を月島君に頼むことにし、残り3人にも指示を出す。
素直で真面目な人を選んだおかげで指示が出しやすかった。
これなら何とか氷帝が来るまでに準備が終えられるだろう。


***


私は部室に戻るとドリンクの作成をしようとボトルを手一杯に持った。
全部で15個あるが一回で全部持つのはさすがに無理だ。
試しに8個持ってドリンクの粉が入ったバッグを一緒に持とうとする。しかし、これも厳しい。
いや、しかしいけなくも…とバッグに手を伸ばしたところでボトルを全て抜き取られた。

「え?」
先輩、手伝うッス」
「切原君。ありがとう」

ボトルを持つ切原君は既にレギュラージャージを着て準備万端だ。
今回は下級生や準レギュラーがメインの練習試合だからか、切原君はとても楽しそうだ。
今日は絶対勝つ! と拳を握る姿は英姿颯爽である。大変勇ましい。
私は残りのボトルを持って切原くんと水飲み場へ向かう。
まだ朝だというのに日差しが肌に痛かった。

「あ、先輩、それも手伝いますよ」
「え?」

準備を始めていると、切原くんが何を思ったのかドリンク作りを手伝ってくれると言い出した。
ボトルを運んで貰っておいて何だが、これはマネージャーの役目だ。
それに切原君は選手である。これ以上拘束するわけにはいかない。

「いや、試合の準備をした方がいいんじゃないかい?
 私はよくわからないけど、ほら、イメトレ? とかするんだろう?」
「さっきまで壁打ちしてたんで問題ないッスよ」

申し訳ないので断るつもりだったが、やる気まんまんの切原君に
それも逆に失礼な気がして、3本だけ手伝ってもらうことにした。
切原君、桑原君、柳生君の分である。
このチョイスは失敗しても根に持たなそうな人を選んだ。まずこれで間違いない。
私は慣れているが、12本作るのでやはり時間がかかる。単純に切原くんの4倍だ。
切原君は持って帰るのも手伝ってくれるつもりなのだろう。私を待ってくれている。
しかし、切原君は待つことに飽きたのか完成品に粉を足し始めた。
あ、これはまずいぞ。と思ったが時既に遅し。柳生君&桑原君アデュー、である。

「よし、出来たね。これベンチまで運んでもらっていいかな?」
「オッケーッス!!」

切原君とボトルを運び終える。
桑原君と柳生君のボトルが気になったが可愛い後輩のすることだ
きっと大目に見てくれる。見てくれる、はずである…。

「あぁ、そうだ。お礼にこれを味見させてあげよう。私の手製だけどね」
「お、はちみつレモンじゃないスか!」

私が保冷パックから取り出したのは白いタッパーだ。蓋を開ければ均等にレモンが並んでいる。
漫画なんかでよく見るので自分で作ってみたのだ。
よく見るはちみつレモンは皮付きがほとんどだが、私は皮も甘皮も剥いている。
皮には農薬がうんぬんという難しい話もあったので念のためだ。
それに皮がないから苦くないし、単純にこちらの方が美味しい気がした。

「いっただきまーす!」
「お、もーらい!」
「え!?」

後ろから手が伸びてレモンを2枚も掻っ攫われた。
振り返れば丸井君がレモンを一口で食べてしまった。
慌ててタッパーの蓋をしめる。食いしん坊の彼は油断ならない。

「お、美味いじゃん。皮ねーから苦くないし。及第点! もう一枚寄越せよ!」
「試合前に食べていたら無くなってしまうよ…!」
「なんだよ。赤也にはやってんじゃんか!」
「彼はドリンク作りを手伝ってくれたからその御礼なんだよ」
「ゲッ、俺のドリンク赤也が作った奴じゃねーだろうな!」
「ちょ、ブン太先輩それどういう意味ッスか!?」

丸井君は賢い子のようだ。少なくとも食べ物に関しては…。
私が桑原君のと柳生君のものだと言えば、丸井君はあからさまにほっとしていた。
それに切原君は不服らしく、丸井君につっかかっている。
私はレモンを隠そうとそっとその場を離れた。
部室の冷蔵庫は危ないから職員室にでも置かせてもらおう。


***


職員室から帰ってくると切原君達は練習を始めていた。
準レギュラーもレギュラーも皆一緒になって真面目に練習している。
常勝立海の根底はこういう努力なのだろうなぁと思う。その考えは大変好ましい。

既に汗をかいている部員もいた。桑原君だ。自分のボトルからドリンクを飲もうとしている。
あ、これはまずいぞ、と止めようとしたが切原君に悪い気がして私は口を閉じてしまった。

「ぶうううううううううううう!!! なんだこれ!? 甘すぎっ!!!???」

桑原君は思い切り吹き出した。喉を抑えているのは甘すぎたからだろう。
私は慌てて柳生君のボトルを確保した。切原君は自分で処理してもらおう。
手伝ってもらってのはありがたいが、遊びだしたのは切原君だ。
自業自得という言葉を体現してもらうことにした。

っ! なんだよこれ!?」
「桑原君、それは切原君が先輩を思って作ってくれたんだよ」
「は、はぁあ!? 赤也が作ったのか…!?」
「うん。どうしてもと言われて…」
「……柳生のも作ったんだな」

私が思わず確保した柳生君のドリンクを見て桑原君は溜息をついた。
それに気付いた柳生君がやってくる。

「どうしました?」
「柳生、お前ドリンク飲んだか?」
「いいえ。今回は切原君が作ってくれたそうですね。先程教えてもらいました」
「誰に?」
「丸井君です」
「あいつ、何で俺には教えねぇんだよ!!」

桑原君は必死の形相である。よほど甘かったのだろう。
ごめんね。と私が謝るといえいえと2人は頭を振った。実は犠牲者を選出したのは
切原君ではなく私なのだ。しかし怖くて言えなかった。

も飲んでみろよ。やっばいぞ…」
「え…」

ボトルを渡されて私は慌てた。回し飲みを異性でしたことがない。
いや、同性でも何だか悪い気がして私は回し飲みしたことがないのだ。
早く、と急かされてボトルに口をつける。

「ぶっ!!!!!!!!!」
「あはははは!!!!」

私があまりの甘さに噎せた途端、桑原君は大笑いした。あんまりである。
何だかんだ根に持っていたのだろうか。
大丈夫ですか? と柳生君に声をかけられてコクコクと数度頷いた。

「な? 酷いだろ!! 柳生も飲んでみろよ」
「私まで巻き込む気ですか?」
「まぁ、ものは試しだって」

桑原君は私の手からドリンクを取ると柳生君に手渡した。
柳生君は不安そうに私をチラリと見た。あぁ、間接キスになってしまうか。
これぐらいの年は気になるものなぁ、と私は苦笑いする。
桑原君は気にしないタイプか私が女子だとすっかり忘れているのだろう。
察した私はポケットからハンカチを取り出して柳生君に差し出した。

「飲み口、拭こうか?」
「あ、いえ。さんは気にされませんか?」
「あ…そうか。悪いな…」
「いやいや、私はあまり気にしないタイプだから」

申し訳なさそうにする桑原君に笑顔をみせる。
柳生君がボトルに口をつけようとした瞬間、そのボトルは誰かの手に掻っ攫われた。

「ぶはっ、なんじゃこりゃ。砂糖水じゃのー」
「!? 仁王君、人が持っているものを急に引っ張ってはいけませんよ」

仁王君はゴクリとドリンクを飲んで渋い顔をした。
あーあ、これは酷い。がっつり飲んでしまったようだ。
味を知っている私はつられて渋い表情を浮かべ、桑原君は仁王君を指さして笑っている。

、はよ薄めてきんしゃい」
「はいはい」

仁王君からボトルを受け取って、水飲み場へと走る。
これ以上犠牲者を出してはいけない…。そんな義務感にかられていた。

「仁王君」
「なんじゃ?」
「君は意外と独占欲が強いタイプだったんですね」
「何のことかわからんな」

柳生の言葉に仁王は居た堪れない表情を浮かべる。
じいちゃんは俺のじいちゃんじゃ、という仁王の言葉に
柳生はふふ、と声を出して微笑んでいた。

「お祖父さん、なのでしょうかね?」

柳生の意味深な発言は「何これ滅茶苦茶甘ぇっっ!!」という切原の叫びにかき消され
仁王に届くことはなかった。





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