来世で女子はじめました : 同い年の息子

久しぶりに母と父につれられて手塚家にお邪魔した。
私は手塚家に来ると父親達に酌をするのが恒例となっている。
その後は軽く挨拶をして母親達や国光君とお茶を飲んでいた。
父親達の声が賑やかなBGMとなっている。

「国光君」
「何だ?」
「後でテニスのルールとか色々教えてくれないかな?」
「…急にどうしたんだ」
「国光君、この子ね、今テニス部のマネージャーさんしているのよ」

なぜか私ではなく、母親が嬉しそうに国光君に話をし始めた。
娘が十代半ば女子らしいことをしているのが嬉しいのだろう。
にこにこと眩しい笑顔は私よりも若々しく見えた。

「わかった。も紅茶を飲んだら部屋に来てくれ。ルールブックがあるはずだ」
「恩に着るよ」

国光君は頷くと紅茶を飲み干して席を立った。
いつの間にか国光君の喉にはぼっこりと喉仏が出ている。
小学校から5年間、ちょくちょく連絡を取ったり家族ぐるみで会っていたのだが、
国光君はいつの間にか私の背を追い抜き、十代としてあるまじき外見へと成長している。
変わっていないのは堅い性格と私を呼ぶ名前くらいだ

「国光、久しぶりにちゃんに会えて嬉しいみたいね」
「え?」
「なんだか楽しそう」

彩菜さんの言葉に、母と私は顔を見合わせた。
国光君は真顔も真顔で、口も目も笑っている様子は見受けられなかった…。はずだ…。
しかし彩菜さんは柔らかい微笑みを携えている。
母親だからわかるものもあるのだろうか。


***


国光君の部屋は小学校の頃からあまり大きく変わっていない。
ちょくちょくお邪魔していたから変化に気付きにくいのかもしれない。
あの頃からの変化は、本の種類やルアーが飾られるようになったとか、
山の写真が飾られてるとか、それくらいだろうか。

「随分、急にマネージャーになったな」
「ちょっとした事情と人の推薦でね」
「そうか」

国光君から使い込まれたテニスのルールブックを受け取る。
てっきり初心者の子供向けかと思いきや大人向けの本であった。
カタカナが多いとはいえ、よく読んで理解したなと感心する。

「助かるよ。ありがとう」
「俺にはもう必要ない。が持っておけ」
「いいのかい?」
「もう捨てるだけだった。問題はない」

それでも国光君が捨てずにとっておいたものだ。思い出の品なのだろう。
パラパラと中を読んでみる。コートに関してだけでも、コートの種類、ラインの種類、
ネットやラインの高さ、間隔まで載っていて細かい…。

「サーブはバウンドする場所を指定されているのか…。
 ベースライン内ならどこでもいいとばかり…」
「…そこからか。そういえば、はテニスに興味がないと聞いていたんだが……」
「興味を持つと怖かったというか…。色々私にも事情がね…」

国光君の大会応援に何度も誘われていたが、高学年に上る前に1度行ったきりである。
その後は跡部君に会うことを危惧して1度も行ってない。
母親は見たいと言ってきかなかったので、母親だけが行くこともあった。おかしな話である。

「この場合は先に10ポイント取った者が勝利する」
「タイブレイク何てものがあるんだねぇ…」

国光君は簡単にポイントの計算の仕方や、タイブレイクについて教えてくれた。
思ったより楽しい。スポーツは昔から嫌いじゃなかったからかもしれない。
私が楽しそうに本を読んでいると、国光君はその様子をじっと見ているようだった。

「どうかしたのかい?」
「いや、お前がこんなにテニスに興味をもつとは思わなかったからな…。
 俺が話しても素っ気なかったし、テニス部のマネージャーになるまで好きになるとは…」

国光君の中で、私はテニスに興味があってマネージャーになったことになったのだろう。
しかしそれは事実と異なる。私はかいつまんでマネージャーになった経緯を説明した。
柳君の策略で仁王君が離れなくなってしまった事やファンクラブの後押しがあった事。
国光君の顔は元から険しいのに、眉間の皺で更に険しくなった。

「それは脅しじゃないのか?」
「結果オーライ、と言うのもあれだが、引き受けた以上責任を放棄したくないし、
 彼らを敵に回すのは得策じゃない。評価してもらえたのも嬉しいしね」
「……」

不満、と言いたげな国光君の表情に苦笑いした。
まぁまぁ、と笑って、話を変えるように今度の練習試合の話をする。
途端に眉間の皺が無くなった。国光君が、ほぉ、と興味深そうに相槌をうつ。

「それは興味深いな。しかし偵察が来るかもしれんのに教えていいのか?」
「残念ながら他校生が校内に入るためにはそれなりの理由での許可が必要だ。
 土日の当日申請は不可能だよ」
「そうか。残念だ…」
「よほど好カードなのかい?」
「跡部と幸村は強いし、同じ学年だ。気にならない方がおかしい。
 偵察が可能なら俺も見に行っているな」
「……」

そんなに彼らの情報は重要視されるのか…。
私はこの話をしている最中、ふと不安に思ったことがあった。
仮に私が立海でマネージャーを務め上げて、氷帝の高等部に入学した場合
それは立海テニス部を裏切る所業に他ならぬのではないかと。

立海大附属中学校のテニス部のメンバーは素晴らしい人材だ。
きっと高等部でもテニスを続けるだろう。
そして私は高等部になる前の彼らの成長を見届けた生き証人である。
跡部君がそれをあてにしているわけではないと思うが、
情報を目当てに引きぬかれたと思われては跡部君の評価や私の沽券に関わる。
割り切れるほど狡猾になりきれない。

跡部君は本気で私を氷帝学園の高等部に入学させ、マネージャーをさせるつもりだ。
自分を過大評価するようで恥ずかしいが、跡部君が私を得ようと躍起になる可能性もある。
プライドが高い男だ。勝つための手段を何通りも用意するだろう。
スマートな方法に混じって、力技を仕込んでおくぐらいしそうである。

、顔色が悪いぞ」

国光君の温かい手が額に触れた。よっぽど私は暗い顔をしていたのだろう。
何でもない。と緩く頭を振ると国光君は私の額から手を離した。

「練習試合のマネジメントをちゃんと出来るか不安になっているだけだから気にしないでくれ」
「無理はするな。あと、もし良ければ相談にものる」
「助かるよ」
「そう言ってお前が助けを求めたことなど、今まで一度も無かったがな」
「…。家族で渓流釣りに行って落っこちた私を助けてくれたじゃないか」
「あれはカウントしていいのか?」

一昨年の夏に手塚家と家でキャンプに行ったのだが、
渓流釣りの最中、濡れた石から足を滑らせた私は無様に川に落ちたのだ。
あれはとてつもなく情けなかった。浅瀬だったのが幸いしたが、顔面から落ちてしまった。
それを見て慌てた国光君が川に足を突っ込んでまで、私を引っ張りあげてくれたのだ。
苦い思い出である。

「ともかく、お前は1人じゃない。家族も俺も俺の家族もお前の味方だ。保証する」

何と心強い。私は国光君と同じ中学校に入れば良かったかもしれない。
彼は頑張った分だけ評価してくれそうだし、結果もだしてくれるだろう。
良い上司に恵まれて、素直な気持ちでフォローアップ出来そうだ。

「感謝しているよ。本当に」
「あぁ、わかっている」

何だか背中がむず痒い。このままでは感動小説のほっこりシーンを再現する流れになりそうだ。
そんな全身が痒くなりそうなことは御免被る。再び話を切り替えることにした。

「そういえば、テニスの大会ってどんな日程なのかな?」
「あぁ、それなら…」

国光君に、テニスの中総体の日程を教えてもらって愕然とする。夏休み真っ只中とは…
夏休みなのに休める気がしない。


「何だい?」
「俺は青春学園の代表の1人として出場する」
「おお、素晴らしい。さすがだね」
「大会で会おう」

立海大附属中学校は常勝立海と言われるだけあって、県内でも別格の強さを誇っている。
大きな問題が無い限り、青学が勝ち進めば大会で国光君と会うことになるだろう。

「あぁ、会えるのが楽しみだよ」
「……もし」
「ん?」

国光君は何か言い淀んでいる。こんなに戸惑っている国光君を私は初めて見た。
何を言うのだろうと待っていれば、いつも目を見て話すはずの国光君の目が私から逸れた。

「もし立海と試合がかぶらなかったら…」
「うん」
「試合を見に来てくれないか」

国光くんが喋り終えて、私は目を丸くした。
勿論そのつもりだったから、今更だと思ってしまったのだ。
マネージャーとして参加しなければいけない場合を覗き、私は国光君を応援するつもりだ。
ちなみに跡部君の試合も立海と青学が被らなければ行くつもりである。
行かないと面倒くさそう、という理由でだ。

「…無理にとは言わない。興味があればだ」

なかなか返事をしない私に不安になったのか、国光君が言葉を続ける。
興味なんてあるに決まっているではないか。幼い頃から見守ってきた国光君は
私にとって息子同然の、家族のようなものである。

「格好いいところを期待してもいいということかな?」
「…。善処する」

その時ほんの少しだけ、国光君は嬉しそうに微笑んだ気がした。
真正面から見ればただの仏頂面かもしれないけれど、
横から見ると少しだけ、本当に少しだけ口角が持ち上がるのだ。
私は彩菜さんではないから、本当にそうなのかはわからなかったけれど
彼が嬉しく思ってくれているならいいな、もしそうなら私もとても嬉しいと思えるのだ。





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