来世で女子はじめました : 謙虚な後輩(切原視点)

どもッス。おはようこんちはこんばんは!!
1年で唯一バリバリ準レギュラーやってる切原赤也とは俺のことだぜ〜! なんつって!
もうちょっとで練習試合っていうんで、今日も遅くまで練習頑張ってんだけど
なんか部活の空気が最近変わったなぁって、苦じゃなねぇっていうか。
まぁ、理由ならすっげぇわかりやすくて、ただ単にマネージャーが新しく入って、
俺達がやってた面倒くさいこと代わりにしてくれてるんだよな。

全部ってわけじゃねぇんだけど、先輩達がイライラしながらやってた書類作成とか、
ドリンク作りとか洗濯とかまぁ、そういうの色々。
雑用系は1年の役目だったから、率先してやれって柳先輩に言われてやってたんだけど、
仕方なくっていうか、渋々やってたっていうか…。

だって、準レギュラーの俺と平部員の先輩だったら絶対俺の方が偉いじゃん?
先輩だろうが何だろうが平部員の奴らが率先して雑用してくれてもいいじゃん!
だから本当渋々やってたんだけど、新しいマネージャーの、先輩が来てくれて
マジでラッキー!ってどっかの選手みたいになるほど俺は嬉しかった。

先輩は仕事はできるんだけど、見た目は普通の人って感じで、
俺は正直可愛い子の方が良かったんだけど、仕事してくれれば部活に支障はねぇし。
だから特に何も思ってなかったんだけど、仁王先輩と一緒にいるのを見て、
なんか嫌な予感がした。

「じいちゃん。今の俺のラリー見とったか?」
「えぇと、すごかったことは分かったよ」
「そうだろぃ」
「おお、丸井君だ。そっくりだねぇ。仁王君はテニス以外も素晴らしいね」

笑い合っている先輩と仁王先輩は物凄く仲が良く見えて、
特に仁王先輩が先輩を滅茶苦茶気にかけていることがわかった。
喜んでもらえたのがよっぽど嬉しかったのか、仁王先輩は幸村先輩の真似を始めたけど
先輩の顔は笑顔が消え、徐々に青ざめていった。

(あぁ、こりゃまずいな…)

これそのうちこの2人付き合うだろうな、って思った。
もしそうなったらめっちゃ気まずい。いや、別に俺には関係ないからいいけど、
絶対部活に支障出てくるだろ。別れたら絶対先輩やめちまうだろうし。
そしたら俺はまた渋々ドリンク作りしなきゃいけないのか…。
いや、それはやっぱりまずい。俺がしたいのは雑用じゃなくて練習!
どうにかして2人が付き合うのを食い止める必要がある、と俺は思ったわけだ。勿論即実行!


***


俺は先輩が部室に戻ったのを確認してこっそり部室に入った。
先輩はいつの間にか持ってきた私物っぽいノートPCを触っている。
横にはなんか細かい文字がいっぱいの書類が置かれてて、見ているだけで頭いてぇ…。

先輩」
「切原君、どうかしたのかい?」
「いや、ちょっと休憩っす」
「水分補給は?」
「ちゃんとしてるッス」
「そうか。それは良かったよ」

先輩と話すと小学校の頃に仲が良かった矢野の父ちゃんを思い出す。
こんな優しい喋り方をする人のいいおっさんで、矢野の家に父ちゃんがいる時遊びに行くと
コンビニでアイスとかお菓子を買ってきてくれるような人だった。
そういえば矢野元気かなー…じゃなかった。本題を忘れそうになっちまった!

「に、仁王先輩と先輩って仲良いッスよね〜!」
「え?」

急に話を振られて吃驚する先輩は不思議そうに俺を見ている。
そりゃあそうだ。俺は進んで先輩と話そうとしたことねぇもん。
だからいきなり親しげに話しかけた俺に吃驚しているみたいだった。

「仁王先輩のこと、す、好きなんスか?」
「えええ?」
「いや、今までそういうマネージャーの人結構いたし、
 なんかアンタも仁王先輩も結構乗り気な感じでどうなのかなって!
 いや、悪いってわけじゃないんスけど、やっぱ部活にそういう人いたら、
 嫌でも気になるっつーか……!!」

正直にマネージャー業滞ったり、いなくなられると困るから付き合うななんて言えねぇし、
俺は頭の中に浮かんだ言葉という言葉をただひたすら喋った。
先輩はきょとんとした後、うんうん、と頷いて笑った。

「私は中学校では誰ともお付き合いする気はないよ」
「え!?」
「私はちょっと同年代の子達と感覚がずれていてね。
 とても今の状態で恋愛できるとは思えないんだ。高校も、どうかなぁ…ちょっと無理かな?」
「で、でもちょっとくらい興味ないんスか? ありえねぇッスよ! 女子じゃん!」
「正直、皆を見てると息子ってこんな感じかなぁって思うよ」
「えええ!?」

ご老公って呼ばれているのは知っていたけど、枯れすぎじゃね?
でも、先輩はWEBの精神年齢診断とかでやたら高い数値を出しそうだなって思った。
ある意味納得。

「だから、仁王君をとったりしないよ。安心して」

いや、俺は別に仁王先輩そこまで好きじゃねぇし。
先輩皆好きっちゃ好きだけど、つーか俺、先輩にヤキモチ妬いたと思われてんのか。
とりあえずまぁいいや。先輩と仁王先輩が付き合わないならそれで。

「いや、別にそれはいいんスけど。
 まぁ、先輩がマネージャーやめないでいてくれるならいいッス」
「おや、随分見込まれているね」
「先輩仕事はちゃんとしてくれるし。気ぃきくし」
「お試し期間とはいえ、引き受けたからね。全力投球だよ」

そういや、先輩は練習試合までのお試しマネージャーだ。
練習試合後も続けるんスよね? と俺が問いかけると、先輩は困ったように笑った。
え!? やめるつもりなのかよ!?
お試し入部って話だけど、先輩は仕事してくれるし、真面目にやってるから
今後も引き受けてくれるものだと思っていたんだけど!!
これじゃ、仁王先輩と付き合っても付き合ってなくても関係ないじゃねぇーか!!

「え!? やめないでください!! じゃないと俺また雑用地獄が始まっちゃうんスよ!!」
「雑用地獄?」

俺は準レギュラーなのに先輩達に仕事を押し付けられてんだって話すと、
先輩は苦笑いをしていた。俺は悪くないのに怒られるし、と途中から愚痴になっちまったけど、先輩は最後までちゃんと話を聞いてくれた。

「柳君は切原君を気にかけているんだね」
「はぁあ!? 今の話聞いてなかったんスか!? 滅茶苦茶こき使われてんのに!」
「切原君は唯一の1年生の準レギュラーだと聞いているけれど…」
「そっスよ!!! 俺だけッス!!」

自信満々に胸をはってみせる。俺は特別な存在ってやつだ。
だから俺はもっと練習して、幸村先輩達よりも強くなる。雑用なんてしてる暇はない。
だから雑用なんて俺より弱い奴がやるべきだと思うわけで…。

「下級生のレギュラーとなると、上級生は複雑だっただろうね」
「まぁ、でも強い方が偉いし、仕方ないんじゃないッスか?」
「それも一理あるかもしれない。けれど、そう思わない人もいただろうね」

先輩の言うとおりで、俺の事を気に食わない先輩達がいる。
今のところ裏でコソコソ悪口いってるぐらだろうけど、
そんなみみっちい奴らのことなんか知ったこっちゃねぇよ!

そういう悪口とかは、俺が入部してすぐ準レギュラーになったあたりがピークで、
嫌味を聞こえるように言われたり、俺より弱い準レギュラーの先輩は
重箱の隅をつつくようにダメ出しをしてきたこともあった。
それがテニスのダメ出しならいいけど、雑用関係のダメ出しだったからマジありえねぇ…!

「柳君は心配だったんだと思うよ。君に謂れの無い悪口や皺寄せがくるのが」

先輩の言うとおり、柳先輩は気をつかってくれてる(雑用押し付けられまくったけど)
俺が生意気なのは自覚してるけど、負け犬に吠えられて傷つくのは癪に障る。
なんだかすっげー居た堪れない気持ちになった俺は拗ねたような顔をしていたんだと思う。
先輩がすっごい優しい、本当田舎のじーちゃんみたいな顔で俺を見ていた。

「だけど、君が練習だけじゃなく、先輩に気を使って頑張っているのを知ったら、
 先輩達は何にも言えなくなる。テニスだけじゃなく、君の為人が素晴らしくてね。
 ちゃんとしている人を僻んだところで、同意してくれる人は少ないだろう?」
「そうッスか?」
「私だったら『そうか? あいつ頑張ってるけどなぁ』と言ってスルーしてしまうね。
 スルーされた人は相当つまらないだろうけど…」
「あーでも確かに俺も、わかるわかる! とか言われねぇと話しする気なくなる気がする…」
「そしたらもう悪口は意味をなくしていくんじゃないかな」

俺はあんま頭良くないから何回も先輩に「どういうこと?」って聞いた。
ブン太先輩あたりなら途中でもう面倒くせぇ!! って言われてるだろうけど
先輩は俺がわかるまで何度も言葉を変えて説明してくれる。
それを纏めると『ちゃんとしている人間なら、悪口を言った奴の株だけが下がる』
ってことだった。

「人を敬える人間に敵はいないよ」
「でも今度試合する跡部さんとか幸村先輩達の敵ッスよ」
「…それはきっと、敵じゃなくてライバルだね」
「それでも悪口言うやつは?」
「人間じゃないって思いなさい」

ピシャリって擬音が聞こえるかと思った。先輩の言葉に俺は目からウロコだった。
面倒な仕事を後輩に押し付けていると思っていた俺にそんな考えはなかった。
でも言われてみると、俺のこと尊敬してくれてて、頑張ってるってわかる奴の悪口とか
俺だったら言いたくねぇし。

先輩の言葉にはそうなのかもしれないと思える不思議な説得力があった。
俺は嫌々雑に仕事をやっていたことがほんの少しだけだけど、心苦しくなった。
俺も悪いとこ、あったのかなぁ…。

「そういえば、どうして有名なスポーツ選手は謙虚なのかっていう記事を読んだことがあってね」
「謙虚じゃないとマスコミに叩かれるからじゃないッスか?」
「あはは、そういう考えもあるね。それも大いにあるだろうけど、
 記事にはこう書かれていたよ。謙虚な人は成長し、人が集まるからだって」
「成長? 何で?」
「謙虚な人は私はまだまだだって思い続ける。いつまでも未完成だと、驕らず努力する。
 傲慢な人は完璧だと思い込むから、謙虚な人の方がずっと沢山成長できるそうだよ」
「…ふーん」
「謙虚こそ最高の先生っていう言葉が書かれていて、素敵だったよ。
 そういう人に人は集まる。双方素晴らしい才能を持っていて、
 成功する人と成功しない人がいるのだとすれば、 きっと成功した人は
 共に喜びを分かち合える人が沢山いるのだろうね」

1人で成功することはとても難しいって先輩に言われて、何だか複雑な気持ちになった。
俺は1人でテニスが上手くなった気がしていたけれど、
メニューを考えてくれてるのは柳先輩で、相手してくれてるのはジャッカル先輩で…。
他の準レギュラーの先輩達とかもすっげぇ嫌な言い方されることもあるけど、
間違ったことを言っているわけじゃないわけで…。

「…切原君、顔が暗いよ?」
「いや、なんか俺も傲慢ってやつだったのかもって思って。
 俺、これから成長していけなかったらどうしよう…」
「あはははは」

先輩はめっちゃ笑ってる。この人こんな笑い方すんだ。あ、いや、そうじゃねぇ!!
俺がこんなに落ち込んでるっていうのに、滅茶苦茶失礼じゃね!?

「何笑ってるんスか!?」
「反省する人間が成長しないわけがないのに、切原君は面白いねぇ」
「だ、だって先輩が!」
「君はもっと自分勝手な子だと思っていたけれど、ちょっと見方が変わったよ」
「ひ、ひでぇ」
「とても素直で伸び盛りの後輩にアドバイスをしてあげようか」
「え?」
「君がここにきてもう15分経っている。真田君に見つかると面倒だよ」
「うわあああ!!! 戻るッス!!!!」

慌てて部室から出て行こうとした時、先輩はまだ笑っていた。
楽しそうに笑う先輩は、いつもよりちょっとだけ可愛かった。


***


「見てたか? 天才的だろぃ!」
「丸井君はいつか間違ってガムを飲んだりしないか心配だよ」
「そこじゃねぇよ!!」
「冗談だよ。天才的だったよ」

部活後、褒められて嬉しそうな丸井先輩がなんか羨ましくなって、俺は!? と
先輩に聞いてみたら「ごめん記憶にない…」とクールな答えが返ってきた。
き、記憶にないって…。俺に興味ないってことじゃん…。
いや、丸井先輩への返しを考えるとこの人全体的にテニスに興味ないんじゃ…。

「次は!」
「え?」
「ちゃんと俺のプレイ見ててくださいね!!!!」
「へ? あ、あぁ、うん。空き時間が出来たらね」
「約束ですからね!!!!」

先輩は同級生なんかよりずっとずっと大人で、それこそどの先輩よりも大人みたいで
そんな人に認められたら、それってすっげー凄い事なんじゃないかって思えた。
先輩に認めてもらうためには成長しなきゃいけなくて、
成長するために俺も『謙虚』にならなきゃいけない。
なんかいっぱい難しい話したけど、とりあえずこれであってんだろ!

「あ、片付け始まる! 行ってきます!!!!」

俺が意気揚々と片付けに参加すると、平部員の先輩達は吃驚した顔をして
「何で来たんだ?」って言ってきた。俺1年なんで、って笑ったら
「い、今更可愛い後輩ぶったってアイスしか奢ってやんねーからな!」と
変なツンデレ台詞が返ってきた。なんだ謙虚っていいな! アイス奢ってもらえんじゃん!




material and design from drew | written by deerboy
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